外在化・内在化

週末には実家で田植えが行われていたはずですが、土日とも東京・横浜にいたのでまったく手伝えませんでした。最近、(当事者)仲間からばかりでなく、援助職の方からもこの雑記を「読んでます」と言われることがたびたびあり、うかつなことを書かないように気をつけておかなくちゃ、という気持ちでいます。ただ、雑記の更新間隔がのびているのは、単に忙しいのが理由です。

しばらく前のことですが、某所で竹内達夫先生と話をしていました。

僕は、12ステップは基本に忠実にやること、つまりビッグブックに書かれたようにやることで、ステップの有効性が高まると考えています。それは例えば「本能」という概念を使うことや、表を使った棚卸しをやることです。それについては実績も上がっているので心配していません。

ところが、ビッグブックに忠実にやろうとすると、それについて来られない人たちが出てきてしまう悩みもあります。ジョー・マキューの作ったリカバリー・ダイナミクスは、12ステップを視覚化・構造化するテクニックで分かりやすく伝えています。これには間口を広める効果が確かにあります。それでもやっぱり、誰でもオッケーというわけにはいきません。

12ステップは誰にでも効果があるわけではない・・というのは冷徹な事実です。ビル・Wはその事実と向き合い、対応策を見いだそうとした人です。霊的体験こそが回復のカギだと信じた彼は、それに似た体験をもたらすLSDに期待をかけ、実際にLSDユーザーになり人に勧めてもいました。(当時はLSDは合法だったものの、AAの評判に関わると言われて撤回しましたが)。

ビッグブックのやり方が良いとしても、有効性を高めようと努力するほど、そこから外れてしまう人たちの存在が際立っていきます。何か別の手段が必要なのじゃないか。

その時に僕が気になっていたのが、べてる式当事者研究です。「当事者研究」は北海道浦河にある精神障害者のグループホームべてるの家で作られたアプローチです。

べてるの家というと、「降りていく生き方」や「幻覚妄想大会」という言葉ばかりが注目されますが、実は12ステップの流れを汲む「8ステップ」というものを持っています。もともと統合失調の分野では、SA(スキゾフレニックス・アノニマス)というAA類似のグループがあって、その流れを汲んでいます。

当事者研究は、以前は自己研究と言われていたように、自分で自分の病気のことを研究します。ここで言う病気とは、統合失調の症状(幻聴など)に限らず、生活上の困難や、対人関係の問題を含みます。自分一人で研究し、症状に名前(病名)をつけ、解決策を探っていくやり方もあるそうですが、普通は、たとえばホワイトボードを使って開示し、同じ立場の仲間や支援者といっしょに解決策を考えていきます。

僕が当事者研究に興味を持ったのは、これが発達障害の人の支援の現場で使われていることを知ったのがきっかけです。その場に依存症の人も仲間として参加していると聞いたとき、「なんだ、じゃあこれをアディクションの人に使えば良いじゃないか」と考えたのです。

統合失調であれ、発達障害であれ、またアディクションであれ、本人は日常生活で様々な困難を抱えていますが、それをうまく言葉にして表現できるとは限りません。なので解決の手助けを受けることもできず、自分なりの対処方法(大声を上げるとか、過食するとか、ひきこもるとか)に留まってしまっています。当事者研究はアセスメントに使える道具です。

12ステップにしても、当事者研究にしても、キーワードは「外在化」だと思います。その人の抱える問題がその人の「中」に留まっている限り、自分なりの対処方法しか取れず、解決に導けません。12ステップでは、棚卸し表を使って、問題を「外」に取り出します(外在化する)。そしてそれをスポンサーと一緒に分析します。スポンサーが他者の視点や違った対処方法をを提供してくれます。当事者研究では、ホワイトボードを使って外在化を行い、仲間(ピア)やコーディネーターと一緒に分析し、違った対処手段を提供します。

12ステップと当事者研究。細部は違っても、大まかな構造は同じではないか。

という話をしていたら、竹内先生から、「専門家以外で外在化という言葉を使う人は初めてだ」と言われました。僕はそれまで外在化という言葉が専門用語だとは知りませんでした。というのも、外在・内在というのは辞書に載っている一般用語だし、コンピューター・エンジニアリグのコンサルティングでも問題の外在化という言葉は使うからです(あこれは専門用語か)。おそらく、外在化・内在化というのは心理学の用語なのでしょうかね。

僕は心理の勉強をしたことはなく、たまたま12ステップと当事者研究の類似性を考えているうちに、「外在化」という概念を思いついただけなので、それを専門用語と言われてちょっとビックリした次第です。

残念ながら僕は当事者研究を学んで、それをアディクションの分野に普及させる活動をやっている余裕がありません。興味を持たれた方は、ぜひやってみていただきたいと思います。(アイデア料をよこせとは言いません)。12ステップが統合失調のコミュニティに伝わり、そこで当事者研究という形に変わって戻ってきて、ふたたびアディクション分野の役に立つとするなら、これは素晴らしいことではありませんか?

(アディクションに限らず、欧米のものを良しとする風潮ばかりで嫌になります。海外から講師呼んで、高い金払って。それがすごいことみたいに。もっと日本発のアプローチがあっていいんじゃないかと思いますね)

雑記をここで締めくくってもいいのですが、ちょっと追加します。

外在化と同じように大切なのは「内在化」です。棚卸し表をスポンサーと一緒に見ると、自分の欠点が見えてきます。それはかなり衝撃的な体験だったりするので、「ステップをやった」という実感を持たせてくれます。けれど、そこでスポンサーが提供してくれた他者の視点や、自分とは違った対処方法について、「そうかそういう見方もあるのか」と感心しているだけでは、新しい考え方や新しい行動は身につきません。

欠点を修正しようという根気強い努力が必要になります。それがステップ10です。新しい考え方や新しい行動が習慣化するまで続ける。これは新しい考え方や行動が、「外」から「中」に取り込まれる内在化のプロセスです。

ステップをやった。その時自分は変わった気がする。でもやがて元に戻ってしまった・・・。そういう人はこの内在化に失敗していると言えます。外在化(つまり棚卸し)がかなりいい加減でも、内在化がうまくいけばその人は変わります。でも素晴らしい棚卸しをしても、内在化がうまくいかなければ変化(=回復)は起こってくれません。

最後に関係ない話を。以前「ミーティングで話をすると回復する」とか「ライフストーリー形式の棚卸し」はナラティブ・セラピーの影響を受けているのじゃないか、という考えを述べました。とは言うものの、僕はナラティブ・セラピーの詳しいことは知らずにそう言っているだけです。こんなものを見つけました。

ジョン・ウィンズレイド博士特別ワークショップ
ナラティヴ・セラピーによる心理援助の進め方
http://www.jabp.jp/information/index3.html
う〜ん、5千円。往復の高速バス代も入れると1万円を越えますし、平日だから仕事も休まないと・・。言っているそばから欧米のものに惹かれているし・・。

竹内先生の来年の講演を打診したら「生きているかわからないし」と言われてしまいました。先生、そんなこと言わないで、いつまでも元気でいてください。

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サービス

ひさしぶりの雑記更新。

AAのマークとして知られている、丸と三角のシンボル。


このシンボル、実はアメリカ・カナダのAAでは使わなくなっているそうです。
AAは長年このシンボルを使い続け、AAの商標だと主張し、AA以外の団体が(主にAAメンバー向けの商品に)このシンボルを使うことを止めさせようとしてきました。しかし、調べてみると、実はこのシンボルはAA誕生以前から禁酒運動で使われているもので、AAが権利を主張する根拠がないことがわかり、シンボルを使うことそのものをやめてしまいました。(元ネタはこちら)。

考えてみると、これはすごいことです。AAとAA以外のものを区別するために、他の団体にシンボルを使わせない努力をやめ、自分たちがシンボルを使わないようにした。そのことで「このシンボルがついているものはAAではない」とハッキリしたわけですから。

△の各辺には、RECOVERY(回復)、UNITY(一体性)、SERVICE(サービス)と名前がついています。今回はその「サービス」についての話です。

以前掲示板にブラジル在住の日系人メンバーがいらしたのですが、彼はサービス活動のことを「奉仕活動」と呼んでいました。

サービス活動とは何か? それは「新しい人にAAのメッセージを伝えるために必要なすべてのこと」を指すのだそうです。

大仰に考える必要はありません。例えば新しい人にメッセージを伝えるためには、まずAAが存在し続けなければなりません。だから、ミーティング会場を開け続けること、ポットにお湯を用意すること、茶碗を洗うこと、椅子を並べること、これらすべてAAのサービス活動です。

誰もいなければミーティングが成立しませんから、ミーティングに出席し、自分の番が来たらしゃべること、これもサービス活動です。スポンサーとして飲まないためのアドバイスをしたり、12ステップを伝えることもサービス活動です。

そうすると、熱心なAAメンバーがやっていることは、そのすべてがAAのサービス活動だと言えます。自分とそのまわりの人たちのことだけを考えるのなら、それだけで十分だと言えます。

しかし、まだAAの存在すら知らないアルコホーリックにAAのことを知らせたり、これからアルコホーリックになる運命を背負って生まれてくる赤ん坊のために、何十年も先にもちゃんとAAが存在し続けることを保証するためには、それだけで十分とは言えません。

そのために、例えばグループから代表者を出し、いくつかのグループで集まって活動することも必要です。また、その中からさらに選挙で人を選び、より広いエリアで、あるいは全国レベルで活動してもらうも必要になります。外部の人がAAに連絡するためのオフィスを構えたり、出版物を出したり、他の国のAAと連絡を取り合うことも必要になります。

通常は、グループを越えたこうした活動に対して「サービス活動」という言葉を使います。AAという団体は、このサービスが活発に動いている団体だと思います。

しかし、このサービスの分野は人材不足だと言われます。今に始まったことではなく、10年前からそう言われています。全国レベルでは評議員のなり手が足らず、欠員が出ています。1990年代半ばにAAのサービス機構を整備した人たちは、将来AAメンバーが増え、サービス活動がますます活発になることを予想して、すこし大きめの(つまりたくさん人数が必要な)機構を作ったそうです。いわば子供の成長を見越して、すこし大きめの服を買うようなものでしょうか。それが裏目に出て、熱心な人材を早々に使い果たし、なり手集めに汲々とするようになってしまったのが日本のAAの現状です。だから、サービス構成を縮小すべきだという意見も出てきています。

役割のなり手が足りないのは全国レベルだけではありません。地域や地区のレベルでも役割の引き受け手が足りず、一部のメンバーに負担が偏っています。

グループ数は増え、AAメンバーの数も増えているはずなのに、サービスの人手不足・人材不足は変わりません。これはどうしたことか。「タダでもらったものはタダで返せ」とか「最近のメンバーは感謝が足りない」と嘆く古株もいます。日本のAAメンバーは、自分が飲まないだけで満足し、他の人の手助けをする美徳を失ってしまったのでしょうか。

僕は「サービス活動に参加することの素晴らしさ」を訴えるだけでは、この状況は打破できないと考えています。問題はもっと根源的なところにある、と。

今は使われなくなったAAの丸と三角のシンボル。その三角形の各辺には、回復・一体性・サービスの言葉があてられています。そして、三角形の底辺にあるのは「回復」です。回復が一体性とサービスを支えているのです。回復あってこその一体性、回復あってこそのサービスです。

日本のAA共同体でサービスの力が弱まっているのは、実は12ステップの力が弱まったことの表れです。AAグループ数、AAメンバー数は増えていても、ステップによる回復を経ていないメンバーが増えなければ、サービスはいつも人不足のままでしょう。

ジョー・マキューの本には、「人は霊的目覚めを体験すると、それを他の人に伝えたくなる」とあります。これはたまたまジョーの本の言葉ですが、ジョーだけでなく、12ステップを経験した多くのメンバーの実感です。

感謝ってのは言われてするものじゃない。内側から勝手にわき出るものです。スピリチュアルな回復を経験した人が、それを新しい人に伝えて手助けしたいと思うのは当然のことです。そうして自分の周りの人への奉仕をするうちに、それだけでは足りないことに気づき、グループを越えて「(いわゆる)サービス活動」に参加していくのが本筋でしょう。

ジョーの本には、人に「生き方」を伝え教えることは手間がかかるので、つい人は「ルール」を作って人に押しつけることで済まそうとする、とあります。しかし、ルールを作ったところで、人がそこから逸脱することは避けられません。刑罰をいくら厳しくしても、刑務所に入る人はなくならないのです。ルールではなく、生き方を教える必要がある。それが子供のしつけであり、また本来の教育の姿です。そして、12ステップはもちろんルールではなく生き方です。

最近、日本のAAの様々なレベルで出てくる議題や話題は「ルール作り」に関するものが増えているのじゃないでしょうか。それもまた、12ステップの力が弱まっていることの表れであると感じています。

どうすればいいのか? もちろん、答えはシンプルなものです。

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「あなたのためだから」

仕事柄IT関係のサイトは時々覗いています。中でも小寺氏の文章には、忙しくてもなるべく目を通すようにしています。その中にこんな文章がありました。

小寺信良「ケータイの力学」:青少年条例と憲法の関係
http://plusd.itmedia.co.jp/mobile/articles/1111/07/news053.html

> 自由主義社会において、人の行動を規制するというのは、憲法に定められた数々の自由を制限することであり、大変な権力である。曽我部先生の講演でもっとも興味深いのはこの部分だ。
> 「あなたのためだから」という理由で人権を制限できるのか。通常人権の制限は、他者の人権や公益を害する場合にのみ可能である。したがって、本人にとって有害であることを理由に、人権制限はできないのではないか。例えば成人であっても過度の飲酒・喫煙は健康を害する恐れがあるが、行動が規制されているわけではない。

引用元は未成年のケータイ使用を規制する法的根拠についての話なのですが、引用部分は「本人のためだからという理由で人の自由を制限できるか」という問題提起になっています。

自立支援というニーズ
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=19200&pg=20111025
どこから手を付けるべきか(その3)
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=19200&pg=20111013

という雑記のエントリでは、金銭管理ができないために、所持金をあっという間に酒やギャンブルに費やしてしまう人たちのことを書きました。そして、その人たちのために、金銭を預かって小分けにして渡す公的サービスが必要とされていることも書きました。

けれど、考えていただきたいのは、人は自分の財産を自由に処分する権利を持っており、金銭管理のサービスはその権利を制限していることです。つまり、生活保護で月初めにもらった保護費を、一日でギャンブルや酒や買い物に費やしてしまい、残りの一ヶ月近くを食うや食わずで過ごすのも、その人の自由な選択であり、人にはそうした生活を選ぶ権利があるというわけです。

これには、常識を持った人はそういう選択をしないという前提があるように思えます。自分の行動がどんな結果を生むか予測がつき、たとえそうしたい衝動を持ったとしても、知性を働かせてそれを避けられる人であれば、その選択を「自由」なり「権利」と呼んでも良いでしょう。人に迷惑をかけるわけではありませんから。

それを「あなたのためだから」という理由で制限するべきなのか。

食うや食わずの生活に30日間近く耐えられる人だったら、その自由を認めてあげてもいいのかもしれませんが、実際に金が無くなって生活できなくなったからと、相談に来られる窓口のほうは困ってしまいます。

衝動的に、あるいは無計画にお金を使ってしまい、月半ばで生活費が足りなくなってしまう。酒や薬やギャンブルが止まっても、それが改まらない人がいます。それが買い物に対するアディクションというわけではありません。

その背景には知的障害や発達障害が隠れいているのかもしれません。そうした障害がなくとも、成長する過程でそのスキルを身につける機会がなかったのかもしれません。

いずれにせよ、足りないと言われて金を渡し続けるわけにもいきませんし、叱ってみても説教してみても、そうした金の使い方が改まるわけでもありません。だからといって、ほっておいて良いというものでもありません。例えば、福祉事務所の職員が困窮した相談者を追い返して、その人が餓死してしまったら、人権侵害だとして糾弾されること間違いなしです。

結局、お金を全額その人に渡さず、小分けにして必要なだけ渡すことになります。つまり、誰かがその人に替わって金銭管理を代行するわけです。

家族がいれば、家族に管理してもらうのが理想です。でも一人暮らしの人はそういうわけにいきません。また家族がいても、家族も同じ問題を抱えたりします。金銭管理を代行する公的なサービスが必要です。

成年後見制度というのがあります。認知症のお年寄りや、知的障害の人が、だまされて高額な商品を買わされたりしないように、本人に代わって財産を管理する仕組みです。裁判所が後見人を選びます。各地の社会福祉協議会で後見人を引き受けるサービスをしています。ただ、これの法定後見制度は明らかな障害がないと使えません。

手帳を持っていないレベルだと、本人が同意して契約することで任意の後見制度が使えます。ただこれは任意契約なので、本人側からの申し出で解除できます。金銭管理を受ける側とすれば、「自由を制限されている」と感じるものです。自分の金なのに全部渡してもらえないのですから。だから、不満に思って契約を解除しちゃうこともしばしばです。(せっかく本人を説得して同意させたのに・・・)

そんな感じでいろいろ面倒なので、福祉事務所の職員が、金銭を小分けにして渡したり、現物支給することも行われています。あるいは、訪問看護や介護の人が善意で金銭管理したり・・。本当はそういうことはしてはイケナイのですが、現実的にそれしか解決策がないこともあります(でも法的には根拠がない)。

話は変わって、何度も刑務所に入る人は、生活能力に支障があって、刑務所の外ではなかなかうまく暮らしていけない人も少なくありません。(刑務所の中ではきっちり管理されて生活できるし)。そういう人に対する出所後の生活支援を行うとすると、どうしても(金銭管理も含めて)何らかの自由の制限をせざるを得なくなります。すると「外に出ても刑務所と同じぐらい自由がない」と感じてしまう・・という話も聞きました。

明らかな障害を持っていない人に対しても、公的な金銭管理のサービスを提供する必要があるのだと思います。(法定後見制度みたいな使いにくい仕組みじゃなくて)。でも、それは人に自由を制限することにつながります(しかもそれに法的根拠を与えろという話になる)。

そこで冒頭に書いたような、そもそも「あなたのためだから」という理由で人権を制限できるのか、という話が登場してきます。

人権の制限にはそれなりの根拠が与えられてきました。認知症のお年寄りや知的障害の人には「判断能力がないから」。未成年には「判断能力が未熟だから」。

しかし、現実の「困った人たち」は、そういう明らかな判断能力の欠如はありません。生活費を使い果たしてしまうことを見ると、やはり何らかの能力の欠如はあるのでしょう。でも、それは手帳とか診断書という形では証明されません。だから、制限することに法的根拠がない・・にも関わらず、現実には制限せざるを得ない。「あなたのためだから」という理由で。そこに現場の困難、困惑があります。どうすれば良いのかは正直僕にはわかりません。

ただ、一つだけ確かなことがあるとすれば、それはアディクションがとまっても「解決せずに残るもの」だということです。酒や薬やギャンブルが止まっても、まだ金銭管理の問題は残る人はいます。「回復すれば」とか、12ステップをやれば解決するというものではありません。別種の手助けが必要です。

もう一つ「家族が管理してくれれば理想だ」とは書きましたが、その家族が親である場合は問題が残ります。親が年老いて死んでしまうと、管理できる人がいなくなってトラブルが表面化します。親が生きているうちは、ちゃんと働けて、生活できていた人が、独居になったとたんに生活が崩壊・・という話は珍しくなく、AAで病院メッセージに行くと、患者さんの話に良く聞きます。親としては、よかれと思って面倒を見ていたのでしょうけど。

この雑記で何が言いたかったかというと、管理される側からは「自由を奪って」と責められ、内心「人権侵害なのでは」と悩み、やっていることに法的根拠がないことに不安をおぼえ、それでも目の前の問題を解決しようとしている人の心情、お察ししますということです。

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バック・ツー・ベーシックス騒動(その4)

日本のAA以外の12ステップグループを眺めてみると、施設との関係を断ち切れていないところが目立ちます。いや具体的に名前を挙げるのは憚られますが。施設と自助グループの密な関係は、最初は相互の発展に寄与するでしょうが、時間を経るに連れて弊害が拡大していくようです。最大の弊害は、自助グループが外部からの影響を排除できなくなると、グループの有用性が失われてしまうことです。だから、早めの独立が望ましいし、これから施設の影響を被りそうなグループに対しては、AAのこうした経験を分かち合うことも大切でしょう。

鴨川の集いは多くの賛同者を生み出しましたが、彼らにとってはマック経験者から異を唱えられたことは心外でした。これが新たな感情的しこりが生まれたことは間違いありません。まるでマック派とビッグブック派が生まれ、お互いに足を踏んづけ合うような状況が生まれました。もちろんそれが良い結果をもたらすことはありませんでしたが。

鴨川で使ったバック・ツー・ベーシックスはAAメンバー夫妻の書いたものだったとは言え、ワリー・Pの著作と名前が同じで中身も似通ったものであることが難点で、後に「ビッグフット」という名の別のフォーマットが日本人AAメンバーによって作られています。

こうした台本ミーティングやスタディ・ガイド本の是非については、常任理事会まで持ち込まれたことがありましたが、当時の理事会はアメリカの理事会の声明を引用しました。アメリカの理事会としてはAA公式のスタディ・ガイドを出版する必要性を認めないこと、AAメンバーがそれを出版したり、活用することには反対せず、個々のグループが使うことについて理事会は意見を持たないというものです。ただし、日本の常任理事会は独自の声明として、そうした個人や外部で作られたものは(AAの原理を正しく反映しているとは限らないため)、AA外部においては(例えば病院メッセージなど)でAAを紹介するために使わないように要請を発表しました。

バック・ツー・ベーシックスが日本のもたらしたものはなんだったのでしょうか?

それは12ステップは「教える」ことが可能であること、そして教えることが必要とされている、という認識を広めたことです。まさにそれはAAの原点に戻る動きでした。

マックという施設としてはビッグブックのプログラムを排除する意図など持っていなかったと思います。一部のOB・OGが過敏に反応しただったと僕は解釈しています。現在はそのマックで(それもミニー神父が始めたマックで)ビッグブックと教材を使って12ステップを伝えるやり方が始まっています。マックとビッグブックが対立するものという捉え方がナンセンスになりつつあります。時代は変わります。

評議員となって東京に通い出した2003年頃、僕はビッグブックを使った12ステップというものに、それほど強い関心を持っていませんでした。アメリカ帰りのAAメンバーからいろいろ聞かされていたものの、実際にそれに取り組むには心の中のハードルが高かったのです。実際多くの人たちがその段階(興味はあるけど手が出せない)に留まっていると思います。僕もそうでした。

実はその前の年に僕にスポンシー候補ができ、ビッグブックの分かち合いをやってみようかと提案して、ミーティングの始まる前30分ぐらい前に二人で待ち合わせ、それぞれ1ページずつ読んで感想を分かち合ってみました・・・でも、何にも起きず、分かち合いは2回やっただけで終わりました。「こりゃだめだ」どうも自己流ではダメっぽい、ということだけは分かりました。

そんな時期に、B2Bの騒動を知り、過去の出来事を調べるうちに、なんだか自分のやっていることはビッグブック・ムーブメントの擁護活動みたいになっているのに、当のビッグブックによるステップのことはまるで知らないな、と気づかされ、そして「集い」の中に混じっていったのです。involveという言葉には、参加するという意味もありますが、僕の場合には「巻き込まれる」という感じのinvolveでした。

でも、そうでもなければ、ビッグブックをやっている人たちのことを未だに遠巻きに眺めていただけだったかもしれません(あるいは飲んで死んでいたか)。あの時巻き込まれたことも、今となってみれば、恩恵だったことが分かります。そう、今となってみれば。いつだって、後になってみなければ分からないことはあるものです。

(この項おわり)

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バック・ツー・ベーシックス騒動(その3)

出版物について調べていくうちに、日本のAAは、過去にAA以外の本を売っていた時代があったことが分かりました。例えばヘイゼルデンの『スツールと酒ビン』『一日24時間365日』、アラノンの『今日一日だけ』、その他に『アルコール中毒という病気』というパンフもありました。これらは多くが、日本のAAを始めたピーター神父が翻訳し、マックとAAがほぼ一体だった時代に発行されたものです。

そう、日本のAAはその始まりの頃、マックという施設と密接につながっていました。そして、その後、痛みを伴う分離がありました。僕は何人かのAAの古老に話を聞き、当時なにがあったのか資料を当たりながら調べました。

日本のAAを始めたのはミニー神父というアメリカ人です。彼は京都大学で講師をしていたのですが、酒が酷くなって様々トラブルを起こし、アメリカに帰され、そちらのAAで回復しました。日本は彼にとっては古戦場(AAメンバーは以前飲んでトラブルを起こしていたフィールドをこう呼ぶ)であって、二度と日本には行きたくないと思っていましたが、教会の仕事として、またステップ8・9の埋め合わせのためもあって、しぶしぶ日本を再び訪れることになりました。

日本に来た彼はAAがないことを嘆き、精神病院を巡って患者を紹介してもらったり、断酒会を回って仲間を集め、ミーティングを始めました。これが日本のAAの始まりとなります。

一方で彼は「マック」というアルコホリックのための施設を始めます。その時、彼はドヤ街の住人を対象に考えたようです。なぜそうしたのか。仕事も家族も持っている人たちには、すでに断酒会という回復の場があるが、社会的地位を失った者に手を差しのべる人はいない、という主旨の文章を彼は書き残しています。それもあったでしょう。

アメリカでは19世紀より、困窮者に救いの手を差しのべ、同時に宗教的サービスも提供する「ミッション」が行われています。(たくさんの宗派がミッションを実施していますが、有名なのは救世軍です)。ビル・Wがサミュエル・シューメーカー師の導きを受けたのも、カルバリー・ミッションでした。ミニー神父には、そうしたミッションのことが頭にあったでしょうし、メリノール宣教会の資金を使う理由にもなったことでしょう。(MACとはメリノール・アルコール・センターの略)。

その片腕として呼ばれたのが、当時「受取人のいない荷物のように」教会内であっちからこっちへと(酒のせいで)移され続けていたピーター神父です。ピーターというのは洗礼名で、純然たる日本人です。彼の物語は、日本語版のビッグブック(個人の物語付き)の後ろの方に掲載されているので、ぜひ読んでください。

この二人の神父が日本のAAを始めた、ということになっています。(ピーター神父も神学校で教鞭を執ったことがあり、二人ともインテリです)。そんなわけで、日本の初期のAAメンバーにはこの施設の世話になった人がとても多く、かつ回復後に洗礼を受けてカトリックに改宗した人も少なくありませんでした。

最初の頃のAAのオフィスはマックに間借りしていました。多くの人たちが「AA=マック」だと思っており、「マックAA」や「AAマック」という呼び名すら存在しました。間借りはAAにとって大きなメリットでした。経済的にも、また知名度からも。

「12の伝統」からすれば、AAが特定の施設や団体と特別な関係を持つことは良くないとされています。伝聞によれば、AAのオフィスに対して「マックから出ていくように」と言ったのはピーター神父だそうです。AAメンバーたちはマンションの一室を借りてJSOというオフィスを立ち上げました。1981年10月のことです。

JSOのマックからの独立は、AAとマックの分離にとって象徴的な出来事でしたが、それだけでは精神的な独立を達成するには不十分だと、当時のAAメンバーたちは考えられたようです。3年後には、JSOはAA以外の出版物を取り扱わないことに決め、前述の『一日24時間』や『スツールと酒ビン』などの在庫が廃棄されました。

また、そうした本をミーティングで使わないようにというお触れも出たようです。それらの本はミーティングで使われてAAメンバーに親しまれており、廃止には抵抗もあったようです。ハッキリとはしないのですが、当時、マックとの関係をある程度維持しようとする一派と、AAの完全なる独立を達成しようとする一派の間で、せめぎ合いとでも言うべき事態があったようです。だから、そうした本を使っているミーティングを訪れて注意することも行われたと聞きます。(AAが統治機構を持たないとは言え、改革期には極端なことも行われたということでしょうか)。

特に『一日24時間』についてはAAメンバーの愛着が強く、どうしてもミーティングで使い続けたいと考えた人も多かったようで(僕も良い本だと思います)、廃止後には海賊版も出回り、翌年には横浜のホームカミングがヘイゼルデンから版権を取得して新規訳出となりました。その他の本も、人気の高かったものは現在は概ねどこか他から手に入りますが、もはやそれらがAAミーティングで使われることもありません。

1980年代、90年代は、日本AAのサービス機構が整備されていった時代です。関東常任委員会やゼネラル・サービス・ミーティングが始まり、日本AAの創始者たる二人の神父にかわって、AAメンバー達がAAのことを決定できる仕組みが整っていきました。

東京の都心部のAAは「中央」「城東」「城西」「城北」「城南」の5つの地区に分けられていますが、その地区わけの際に、境界をまたいで別の地区にミーティング会場を持っていたグループは、その会場を閉鎖したり、別のグループと会場を交換して、地区境界をまたがないようにするように言われたところもあったそうです。

当時のWSMの資料を読むと、「AAならぬもの」の影響を取り除こうとしているのは日本のAAに限らないようで、例えばバースディで贈られるメダルをAA公式のものでないと認定したり、AA以外の本をオフィスで取り扱うべきではないという話などが、伝えられています。日本のAAの動きもそうした世界的な潮流に沿ったものだったと言えます。

施設に関わってみると分かりますが、施設スタッフは利用者に大きな影響を持ちます。(利用者に何の影響も与えられなかったら、そのほうが問題です)。そしてその影響力は施設を出た後も続くものです。だから、施設から人がやってくる限り、グループは施設の影響を被ることになります。

AA独立派の人たちは、そうしたマックの影響を排除するのに懸命だったようです。前述のようにマック由来の書籍を排除するばかりではなく、例えばマックのステップセミナーのチラシをAAミーティング内で配ることを禁じたり、施設内のことについて明示的に話すことを諫める雰囲気を作っていきました。

まるでマックのことはAA内では禁忌であるかのように。

もうおわかりでしょうか。バック・ツー・ベーシックスを使った鴨川の集いについて、異を唱えていた人たちは、マックの出身者やその支持者が多かったのです。彼らにしてみれば、自分たちの愛する書籍はAAから排除され、世話になったマックのセミナーについて仲間に広報しようにもチラシを配るのすら苦労するという受難を味わったわけです。(AAとマックのプログラムは同じなのに!) その一方で、バック・ツー・ベーシックスが許容され、鴨川の集いのチラシは配って良いどころかAAの月刊誌にもその広報が掲載されている。この違いが納得できない(理屈はともかく感情が)、といういうのが本当のところだったのだと思われるのです。

10年、20年以上前に起きたAAとマックの分離運動で発生した感情的なしこりが、時を経てそんなところで噴出していたとは。

分離活動については「AAの人たちは、その本流をマックから取り戻した」と外部の人が評したそうですが、これまで見てきたようにそれは簡単なことではありませんでした。それでもまだ、日本AAは始まって10年も経たないうちに施設から分離独立することができたので良かったとも言えます。

日本のAAは、ピーター神父の翻訳による12&12を改訳し、さらに2000年にはビッグブックを改訳し、ピーター訳の文章とほぼ決別しました。夏になるとピーター神父の墓参りに行くAAメンバーもごく一部にいますが、もはや二人の神父の影響の残滓を日本のAAの中に探すのは困難です。創始の苦労を忘れるのは恩知らずだと言う人もいますが、この二人が創始者としての賞賛を拒んだことこそが、謙遜の実践としてその名を知る者に感銘を与え続け、望まれたとおり彼らは忘れ去られていくでしょう。「私だって、あなた達と同じ、ただのアル中です」の言葉通り。

(続きます)

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バック・ツー・ベーシックス騒動(その2)

本筋に入る前に、すこし注釈を加えておきます。

ワリー・Pという人は、当時必ずしも評判が良いとは言えませんでした。彼がB2Bという集まりを、AAとは別の団体として動かそうとしており、自分がその創始者の座に納まろうとしている、という批判が寄せられてもいました。彼が本当にそのつもりだったのか分かりません。その後の彼は、B2BをAAから独立させることなく活動し、現在ではB2Bによって回復したAAメンバーは30万人以上に及ぶと主張しています。その数字には多少誇張が含まれているにせよ、北米のAAのなかで大きな影響力を持つ一派となったことは間違いありません。

さて本筋です。

鴨川の集いに反対する人たちの主張は、AA外部の出版物をテキストとしてAAミーティングで使うのは「良くないことだ」という主張でした。

AAには特に「外部の出版物を使っちゃいけない」という合意事項はありません。しかし、AA以外の12ステップグループにはそのような決まりを作っているところもあるとおり、むやみに外部からテキストを持ち込むのは良いことではありません。例えばAAのミーティングに行ってみたら、そこで聖書の勉強会が開かれていたとするなら、新しい人はAAをなんだと思うでしょう。そもそも、12ステップが薄められたという反省から活動しているとすれば、外から何かを持ち込むことは良いこととは思えません。その主張には説得力があります。

ところが、実は鴨川の集いで使われたテキストは、「バック・ツー・ベーシックス」という名ではあるものの、ワリー著のものではなく、マイク&キャシーという夫婦のAAメンバーが書いた別のものでした。あくまでもAAメンバーの書いたものですから、AA外部のものとは言いがたくなります。(実際にはその名の通り、ワリーのB2Bの影響を強く受けたテキストではあるのですが)。

AAメンバーが書いたものであれば「外部のものを持ち込んでいる」とは言えなくなります。

すると今度は、一人のAAメンバーが書いたものが、ちゃんとAAの原理をくみ取っている保証はあるのか? という議論に移りました。

ここで話はわき道に逸れます。

AAには評議会承認出版物というものがあります。例えばビッグブックは承認出版物です。これはその本が、AAの原理(12ステップや伝統)を正しく反映していることを、評議会が保証しているということです。

この一連の雑記の冒頭に述べたように、AAの12のステップは個人がどのように解釈しようと自由です。その解釈が「正しい」とか「間違っている」ことを判定する機関はAAにはありません。だから、ある人が12ステップにまつわる文章を書いたとしても、それは個人の解釈に過ぎず、AAの原理に合致しているという保証は与えようもありません。(この雑記だってそうですよ)。

しかしそれでは困ったことが一つあります。というのも、AAの創始者はすでに故人ですから、新しい本を書いてもらうわけにはいきません。となると、どのメンバーが書いた本にせよ、その内容は「正しいかもしれず、正しくないかもしれず」になってしまいます。それでは、新しいAAの本を出すことはできなくなってしまいます。

そこで、アメリカのAAでは、本を作る過程で手間をかけ、本の中身がAAの原理を正しく反映していることを評議会で検証して承認する仕組みがあります。そして、アメリカの承認出版物を翻訳したものは、そのまま日本でも承認出版物になると了解されています。

こうして承認出版物を使うことで、国の違いや時代の違いを越えて、いつも同じAAの12ステップが運ばれることを確実にしています。

そんなわけで、AAミーティングでは評議会承認出版物だけを使うべきだという主張がありました。鴨川の集いで使うテキストは、AAメンバーが書いたものではあるものの、それは一人か二人のメンバーが書いたものにすぎず、正しくAAプログラムを反映している保証がない。だから、それは良くないという主張でした。

実はAAは承認出版物ばかりを出しているわけじゃありません。AAの出版物には「評議会承認出版物」と「そうではない出版物」の二種類があります。「ではない」ほうは、例えばBOX-916という月刊誌です。これはAAメンバーの投稿によって成り立っている雑誌ですから、個々の投稿の内容について評議会などで「正しくAAプログラムが反映されているか」どうか審査しようがありません。あくまでも、記事の内容は「書き手個人の解釈にすぎない」のです。

また、AAミーティングでよく使われているハンドブックという小冊子があります。実はNYのGSOは、複数の評議会出版物から抜き書きして集めた本は基本的に許可していません。だから、ミーティングハンドブックは承認出版物たり得ないのです。

そんなわけで、あまり評議会出版物にこだわりすぎると、ミーティング・ハンドブックすらAAで使えなくなってしまいまし、BOX-916をミーティング場に持ち込んだだけで白い目を向けられる羽目になってしまいます。調べてみると、アメリカでは自分たちでローカルなパンフレットを作って使っている地域もあり、大局に影響を与えない限りは、そこの人たちがオッケーというならオッケーなのがAAでもあります。

鴨川で使うのが評議会承認出版物でないからダメだという話にも説得力がなくなりましたが、それでも話は収まりません。

(続きます)

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バック・ツー・ベーシックス騒動(その1)

もう10年も前になるのかと思うと少々感慨深いものがあるのですが、2002年の夏の地域集会で選ばれて、2003年・2004年とAAの評議員を務めました。

ある程度大きな団体であれば、「決議機関」と、そこでの決議を執行する「執行部」というものがあるはずです。AAの執行部はボード(常任理事会)と呼ばれ、そのメンバーはトラスティ(常任理事)と呼ばれます。一方、決議機関はカンファレンス(全国評議会)と呼ばれ、全国から選ばれたデリゲート(評議員)と常任理事がメンバーです。

AAは統治機構を持たないので、常任理事会であれ評議会であれ、AAグループやメンバーに対して命令を下すことはできません。であるものの、評議会の決議は日本のAAグループの総意であるとみなされる重みを持っています。

評議員は地域のAAの声をすくい上げるために、結構忙しく活動しなければならず、アメリカでは「AAメンバーの離婚率は一般より低いが、評議員になると別だ」と言われるほどだそうです。僕も当時はほぼ毎月地元と東京での会議に出席していました。

そうした会議の中で、あるAAのイベントに問題があるのじゃないか、という話が出ていました。

そのイベントの主催は「AAビッグブックの集い」というAAメンバー有志の集まりで、イベントは千葉の鴨川で行われる一泊二日の12ステップ研修でした。それのどこが問題なのか?

実はその研修で使われるテキストが「バック・ツー・ベーシックス」という名前のテキストでした。

ここでいったん話はバック・ツー・ベーシックスに逸れます。

20世紀終わり頃のアメリカのAAでは、ジョー・マキューが述べたように「AAプログラムが薄められた」現象が起きていたようです。12のステップは個人がどう解釈しようとも自由で、そのため皆が首をかしげるような珍奇な解釈をする人もいますが、AAはそのような解釈の広がりを許容しています。しかし、20世紀後半にアメリカで依存症の治療施設がたくさんでき、そこから多くの人たちがAAに来るようになった結果、12ステップ以外の考え方が多くAAに持ち込まれ、12ステップの解釈が変質し、その効果が失われる結果となりました。いくら自由に解釈して良いとは言え、それがAAの根幹に関わるようでは看過してはおけません。

そこで対策として、12ステップの原点に戻る活動がメンバーの間に自発的に起こりました。その一つとして有名なのが、時折この雑記で取り上てきた「ジョー・アンド・チャーリーのビッグブック・スタディ」です。もう一つ有名なのが、ワリー・Pの「バック・ツー・ベーシックス」です。

ワリーさんは、ニューヨークのAAオフィスの記録庫を調べ、まだAAが外部の影響を受ける以前の1950年代に、AAがどのように12ステップを伝えていたかを調べました。そこで、当時はAAに新しく来た人(ビギナー)に12ステップを「教える」仕組みがあったことを発見しました。その仕組みを現代に再現したのがワリーの「バック・ツー・ベーシックス」です(略称B2B)。

B2Bの源流をたどると、AAのクリーブランドグループにたどり着きます。AAは、ビル・Wとドクター・ボブが出会ったアクロンで最初のグループが立ち上がり、やがてビル・Wがニューヨークに戻って二番目のグループがスタートしました。三番目のグループは、アクロンから60Kmほど離れた五大湖沿岸の街クリーブランドで始まりました。彼らはアクロンまで通って12ステップを身につけ、地元に戻ってAAを始めました。

クリーブランドで始まったAAの活動は、地元の新聞に取り上げられました。(その記事はAAの中で有名な文章として今も伝えられていますが、AAを賞賛する内容となっています)。掲載された記事を読んだ人たちが、クリーブランドのAAグループに殺到することになりました。

12ステップはスポンサーからスポンシーへ、一対一で伝えられるものとされています。その基本は今でも変わっていません。しかし、その記事によってたくさんのアルコホーリクがクリーブランドのグループに押し寄せたため、一対一で12ステップを提供することはとてもできませんでした。

そこで彼らは一計を案じました。ちょうどビッグブックができあがりつつあった時期でもあり、彼らは新しい人を一室に集め、ビッグブックを教科書(テキスト)として使い、古いメンバーを教師役にして、教室形式でステップを伝えました。そしてステップで酒をやめて二週間にもならない人が、今度は教える側に回って次の人たちの相手をすることで、爆発的にメンバーが増加しました。これが「クリーブランド現象」とし語り継がれるものです。ビッグブックの重要性が最初に実証された機会でもありました。

こうしたミーティングは「ビギナーズ・クラス」と呼ばれ、『リトリ・レッド・ブック』『スツールと酒酒ビン』の著者もこうしたクラスを運営していたことが知られています。

ワリーさんが再発見したものはこのクリーブランドの流れを継ぐものでした。彼はそれを60分×4回のミーティングに仕立て上げ、週に一度の出席で、4週で12ステップ全体をおおよそ把握できる仕組みを整えました。それが「バック・ツー・ベーシックス」(B2B)という本として出版され、アメリカ国内で広まりつつありました。

なぜそのような「集団で教える」仕組みが、20世紀後半のアメリカAAで廃れてしまったのかは分かりません。しかし、J&Cのビッグブック・スタディにせよ、B2Bにせよ、そのような「教える仕組み」の再興運動だったとも言えます。(おそらく廃れた原因は、その役割を施設が代行したからでしょう)。

B2Bは、ビッグブックからの抜き書きと、抜き書きについての解説になっています。B2Bミーティングではこれを読みながら進行します。実際には本を読むばかりでなく、インタラクティブな要素もあるようですが、スクリプト(台本)ミーティングと呼ばれるように、ミーティングはB2Bという台本に従って決まった形で進められます。

鴨川でのビッグブックの集いは、一泊二日でこのB2Bを実際にやってみようという試みでした。しかしこれが、AAメンバーの過敏な反応を呼び起こしました。

考えてもみて欲しいのです。それまで日本のAAメンバーは、「12ステップは教わるものではない」と捉えている人もいたし、AAミーティングというものは一人ひとりの「語り」によって成立するもので、台本通りに進行するミーティングなんてあり得ない、と多くのメンバーが考えていたのです。

(これについてはナラティブ文化の影響なのではないかという雑記を書きました。日本においても12ステップが「薄められる」現象が起きていたのではないかと思います)

AAにはミーティングはこのように進めなさいという決まりがあるわけでもなく、ステップを教えてはいけないという決まり事もありません。参加者が納得し、12の伝統に反しない限り、どんなやり方をするのも自由です。

しかし鴨川の集いに対して強固に異を唱える人たちもいました。そのような反AA的(!)なイベントの広報を、AAの月刊誌に掲載したり、AAミーティングでチラシを配らせるのは良くないと主張する人さえいました。おそらくその主張の背景には感情的なしこりがあるのではないか、と推測し、僕は評議員活動の一部として、その背景をさぐることとしました。

(続きます)

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ステップ6・7について

年度末で忙しいですが、それでも雑記を更新。

ステップ4・5で棚卸しをすると、次にステップ6・7が待っています。

> 6. こうした性格上の欠点全部を、神に取り除いてもらう準備がすべて整った。
> 7. 私たちの短所を取り除いて下さいと、謙虚に神に求めた。

これは自分の欠点を全て取り除いてくださいと神に求めるステップです。

ビッグブックでは、同じ言葉を繰り返し使わず、別の表現を用いる修辞法が使われています。だから、ステップ5では「過ち(wrongs)」、ステップ6では「欠点(defects)」、ステップ7では「短所(shortcomings)」と違う言葉が使われていますが、すべて同じものを指しています。

どうやってステップ6・7に取り組んだらよいか、という質問を受けることがあります。しかし、ステップ6・7は極めて単純なステップです。ちゃんとステップ4・5で棚卸しができていたなら、それによって自分の欠点短所が明らかになったはずです。そして、

「もう、こんな自分ではいたくない」

と思うようになったはずです。変わりたいという願望です。

そうならなかったならば、ステップ5が不十分だったということでしょう。ビッグブックでも、ステップ5が終わったときに、それまでの5つのステップが手抜き工事になっていなかったかチェックするように提案されています。

ステップ6・7は意欲を持つステップです。

12ステップは全体に「意欲→実行」というプロセスが並んでいます。ステップ1はまさに回復への意欲を作るステップです(動機付け)。そしてステップ3で行動を起こす決心をし、実際にステップ4から実行していきます。

ステップ6・7でも「変わりたい」という意欲を持ちます。つまり、ステップ5で明らかになった短所を取り除きたいという意欲です。実際にそれが取り除かれていくのは、この後のステップです。

埋め合わせのステップ8・9でも、埋め合わせする意欲を持つステップ8があり、次に実際に埋め合わせを行うステップ9の順になっています。

ステップ6・7はスコップのような単純な道具だと言われます。ビッグブックでもわずか1ページしか割かれていません。使い方は難しくはない。ただ、そのスコップを使うか使わないか、それは私たち次第です。

実際には私たちは「すべての短所を取り除いて欲しい」と願うのは簡単ではありません。中にはなかなか手放せない欠点・短所もあるからです。

実際に棚卸しをやってみるとわかりますが、例えば40才の人というのは、その人の短所を抱えたまま40年生きてきてしまったわけです。その短所を人生の早いうちに手放せていたとしたら、その後はまったく違った人生を歩めていたことでしょう。もちろん過去に戻って人生をやり直すことはできないのですが。

旅の途中で道を間違え、その間違いに気づかないままずっと旅してしまい、気がついたらもう戻れないところまで進んでいた・・というような気分です。

そうした自分の人生の虚しさや、妙なこだわりを手放せなかった自分の愚かさに気づくと、人は打ちひしがれた気分になります。今さら違う自分になろうとすることは、過去40年の自分の人生を否定することにつながる・・そう感じてしまうのは、まさに病んでいる証拠だと思うのですが、まあそう感じてしまうものです。

欠点のある自分が自分であって、それを手放したら自分ではなくなってしまうような気になります。そうなってしまうと、当然回復は止まり、逆方向へと向かってしまいます。

ステップ5で明らかになる以前にも、今までだって自分の欠点短所に気づかなかったわけじゃありません。でも、うすうす気づいても、自分を変えることはできなかったのです。チャンスはいくらでもあったはずなのに。それほどまでに、自分で自分を変えることは難しいのです。

だからこそ、ステップ6・7は、自分で自分を変える決意をするステップではなく、自分より大きな力である神に、欠点を取り除いてくださいとお願いするステップになっているのだと思います。

実際に私たちを変えてくれるのは、ステップ8・9(埋め合わせ)と、ステップ4〜9を日々繰り返すステップ10によってです。

私たちは外的世界との関係にばかり関心を持ってきました。他の人との関係、社会との関係、物質的なもの(金銭や財産や外見など)です。外的世界との関係にこそ苦しみがあり、その苦しみを取り除けば、内的世界(心)の安定がもたらされると信じてきました。

端的に言えば「苦しみは外から自分の中へもたらされる」と信じていました。

しかし、ステップ6・7まで来れば分かっているはずです。本当のトラブルは私たちの内側に存在しており、最奥部にある存在との関係こそ私たちが最も関心を持つべきものだと。その関係が良好であれば、外との関係もおのずと良好になると。

苦しみやトラブルは自分の内部に生まれ、それが外との軋轢を生んでいきます。だから、私たちの内側が回復したとき、外側にある社会的・物質的な苦しみも解決していったのです。

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渇望という言葉

アル中(アルコール依存症)に対するありがちな誤解を一つ挙げます。

「なぜ、私たちは酒を我慢できるのに、この人は我慢できないのでしょう?」と家族の方から聞かれることがあります。

その時に僕は「あなたは特に酒を我慢していないでしょう」と申し上げることにしています。

僕は職場の忘年会や歓送迎会で酒席に出ることがあります。そこで(依存症でない)普通の人たちの酒の飲み方を観察すると、それは明らかに依存症の人の飲み方とは違っています。ビール瓶を持ってお酌に回ることもありますが、相手がすでにビールを2〜3杯飲んでいるときは、「もう要らない」と言われることもありますし、儀礼上お酌はしても相手は口を付けただけで、実際にはほとんど飲んでいないこともあります。
これはつまり、「もう満足したから、これ以上は要らない」ということです。もう十分満足しているので、それ以上は飲みたくないのです。つまりそこには何の我慢もありません。お腹一杯食べたから、もう食べられない、と言っているのと同じです。依存症でない人は、我慢しなくても、自然にコントロールできてしまいます。

<アルコール依存症でない人は、ちっとも酒を我慢なんかしていません>

では、アルコール依存症の人の場合はどうか。アル中は2〜3杯のビールでは満足できません。もっと「しっかりした酔い」を目指して杯を重ねていきます。そうして飲み過ぎてはトラブルを起こします。なぜそんなに飲むのか。酒に意地汚いのか、酒が大好きなのか?

シルクワース博士は、多くのアルコホーリクを観察した結果(彼は生涯に5万人のアルコホーリクを診たそうです)、アルコホーリクには次の酒を求めてやまない強い欲求が備わっていることを発見しました。その強い欲求は、アル中が酒を飲まないでいる間は存在せず、アルコールを体の中に入れることで発生します。博士はこれを「渇望現象」(the phenomenon of craving)と名付けました。

この博士の主張はアル中たちの実体験とよく重なっていたため、ビッグブックでは「かつての問題飲酒者には、この博士の説明は実にしっくりくる。それ以外には説明のしようがない多くのことが、この理論で説明される」(p.xxxiii(33))と賛同を示しています。

この「渇望」は非常に強い欲求であるため、それに逆らって酒の量をコントロールするのは大変な苦労です。しかし、まともな生活を送ろうと思ったら、なんとか酒の量を抑えなければなりません。なので、依存症者は渇望に逆らって、なんとか次の酒に手を付けないように、ものすごく「我慢」をしています。

<アルコール依存症の人は、普通の人とは比べものにならないぐらい、一生懸命「我慢」している>

しかし、渇望はとても強いので、ついには負けてしまい、飲んだくれてしまいます。「彼らは逃避するために飲んだのではなく、自分の精神ではコントロールできない渇望に屈して飲んだのである」(p.xxxvii(37))。

飲み出せば、いつか必ず渇望現象が高まり、そのために酒をコントロールできなくなり、トラブルを起こしてしまう。解決は「まったく飲まないこと」しかあり得なくなります。

依存症でない人は、我慢しなくても自然にコントロールできます。一方、依存症の人は一生懸命我慢しているのですが、どんなに我慢しても結局は酒をコントロールできません。

さて、ここで「渇望」という言葉にまつわる話をします。

「酒をやめてもう半年になるけれど、いまだに渇望がある」と言う人もいるかもしれません。しかし、その種の欲求は「渇望」ではありません。シルクワース博士の言う「渇望」は、あくまで最初の一杯に手を付けた後に沸き起こってくるものです。酒をやめて期間が過ぎていれば、渇望はもうなくなっているはずです。でもなお「飲みたい気持ち」があるのでしょうが、それについてはシルクワース博士は「強迫観念」という別の言葉で示しています。

ネットの掲示板やブログでは「飲酒欲求」という言葉を見かけます。その言葉は概ね「酒をやめた後もまだ残っている、酒が飲みたい気持ち」について述べられています。それは渇望とは違います。

酒を飲みたい気持ちは、酒をやめる前にもあるし(渇望)、酒をやめた後もあります(強迫観念)。それを一緒くたにせず、明確に分けたところにシルクワース博士の功績があります。

自分の過去の飲酒体験に照らし合わせて渇望をよく理解すると、「なぜ再飲酒を避けなければいけないのか」が分かります。そうなると、酒をやめ続けたいという動機が生まれます。たいていのアル中には「次は違った飲み方ができるかも知れない」という妄想を、多かれ少なかれ抱えています。(でなければ、なぜ再飲酒するのでしょう?)

craving という言葉に「渇望」という日本語を当てたのは、あまり良くなかったのかも知れません。辞書で「渇望」という言葉を引くと、「のどが渇いて水をほしがるように、しきりに望むこと」とあります。これだけ読めば、最初の一杯を飲みたい飲酒欲求と区別がつきません。

シルクワース博士の説明や、それを受け継いだAAのビッグブックや12ステップでは、「渇望」はあくまで最初の一杯を飲んだ後にやってくるもので、最初の一杯に手を付けたい願望とは違います。しかし、渇望という言葉は、アディクションにまつわる精神医学全般でも使われており、そちらでは、飲む前と飲んだ後の区別を付けることなく使われていることが多いように思います。

どちらの使い方が合っているとか、間違っているとかの話ではありません。あくまでビッグブックの12ステップではこう使っているのですよ、という話です。

実は、その使われ方の違いは、僕も最近になるまで知りませんでした。ギャンブルへの依存が、アルコールや薬物の依存と同じであることを説明するのに、この渇望現象の共通性が言われることがあります。けれど、そこで使われている「渇望」が、必ずしもビッグブックでの意味と同じとは限りません。

もし、ビッグブックどおりの渇望の意味をギャンブルに適用すると、こんなストーリーが展開できます。

ギャンブルに問題を抱える人物がいます。彼はもう半年パチンコを断っています。けれど、彼の心の中には「もう一度パチンコを楽しみたい」という欲求が大きくなったり小さくなったりしています(これは渇望ではない)。ある日、彼はその欲求に負けてパチンコ屋に入ります。この段階ではまだ渇望は起きていません。

彼は、今日は五千円だけ楽しもう、そうすれば小遣いの範囲内だ、と考えます。しかし、五千円を使い尽くしても、まだ彼は席を立つことができません。彼の中に渇望がわき上がり、もっとパチンコをという強い欲求に彼は支配されてしまったのです。彼は財布の中身を全部使い切っても足りず、近所のサラ金で何万円も借りてきてパチンコを続け、閉店時間が来て店の外に出されたときには、大変な後悔に襲われています。

普通の人であれば、2〜3杯のビールで満足し、それ以上欲しがりませんし、次の用事をキャンセルしてでもパチンコを打ち続けたいとは思いません。けれど依存症の人は続けて「次」が欲しくてたまらなくなります。その背景には強大な「渇望」が存在します。この渇望の有無が、依存症の人とそうでない人を明確に分けるものです。

(ギャンブルで問題を起こしていても、どうみても渇望を備えていそうにない人もいます。もしビッグブックの考え方をギャンブルにも適用するならば、その人はギャンブルのアディクションではないことになります)

渇望現象、それから(この雑記には取り上げませんが)強迫観念、この二つで構成されているのがビッグブックのアディクション概念です。そして、アルコール以外の(例えば薬物やギャンブルも)このアディクション概念に当てはまるから、対象は違っても同じアディクションである、という主張があります。ならば、それらのアディクションも明確な渇望を備えているはずなのですが・・・、あまりそのことは理解されていないように思います。

AAの中ですら、飲酒欲求と渇望の区別がついていないことが多いのですから、こんな雑記も「とてもマニアックな話題」なってしまうわけです。

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AAミーティングはナラティブセラピーなのか?

ナラティブセラピーとは、自分自身の物語を語り直すことによる治療法とでも言いましょうか。先ほどちょっとググってみたら、主にトラウマ治療の現場で使われているようでした。

ナラティブという言葉は聴きなれないかもしれません。ナレーション(語ること)という言葉がありますが、ナラティブとは物語を語ることです。

ナラティブセラピーと社会構造主義は密接な関係にあります。社会構造主義とは社会学の言葉で、現実やその意味は、すべて人の頭の中で作られたものであり、意識を離れては存在しないという考え方です。

客観的事実がどうかではなく、それを体験した自分が経験をどう解釈するか。その解釈こそが現実であり真実であるということです。だとすれば、過去の体験の解釈を自分が変更すれば、体験の真実もその意味も変わってくるはずです。

精神的にお加減の悪い人はだいたいが過去の出来事に圧倒されており、その支配から脱することができない無力感を持っています。それはつまり「体験の解釈を変えることができずにいる」と言い換えられます。そこで、自分が生きてきた物語を語ることを試みます。それは最初は辛いことかもしれません(不都合な真実だから)。しかし何度も語りなおすことにより、今までの自分の解釈とは違った解釈が成り立ってきます。そうしれば自分にとっての過去の体験の意味も変わってきます。

ナラティブセラピーでは治療者と被治療者の間に上下関係はありません。社会構造主義の立場からすれば、「正しい解釈」も「間違った解釈」も存在しないわけですから、治療者が望ましい方向に導くというわけにはいきません。治療者と被治療者は平等な立場で新しい物語を作っていくことになります。「答えはその人が知っている」とか「あなたが問題なのじゃない、問題が問題なのだ」みたいなキーワードが散りばめられるのがナラティブセラピーの特徴です。

12ステップでは表を使って、その人の中にある問題を外在化させます。べてる式当事者研究ではホワイトボードを使います。ナラティブセラピーでは「物語」という外在化の手法を使っていると考えればいいのじゃないでしょうか。

ナラティブセラピーが日本に紹介されたのがいつなのか知りませんが、関連書の出版年を見ると20年ぐらい前であることがわかります。ちょうどそれは、日本で様々なジャンルの自助グループが誕生し、拡大しつつあった時期でした。

治療者・被治療者の上下関係を否定しているところ、語ることを重視する点など、自助グループの文化とナラティブセラピーの文化は近いものがありました。だから、自助グループがナラティブセラピーのピア版(当事者版)であると誤解されてしまったのではないか・・・。僕はそう思っているのです。その結果、自助グループ文化がナラティブ文化に誘導されてしまい、12ステップから離れていってしまったのではないか、・・・そんな風に考えています。

例えば、「他では言えないこと(恥ずかしいことや辛いこと)をグループの中で話せるようになることが大事だ」だとか、「自分の飲んで酷かったころの話ができると回復する」なんて言われたことはありませんか? こんな考え方にはナラティブ文化の影響を感じるんですけど、気のせいでしょうか?

(ミーティングで酷かったころの自分の話ができないと「正直になれないと回復しないぞ!」とか非難されちゃうんだうよなぁ。うまく話ができる人ばかりじゃないんだけど)

また、ライフストーリー形式の棚卸しなんて、まさにナラティブセラピーのピア版そのものじゃないかと思えてきます。話すほうはノートに書き溜めた自分の物語をひたすら話す。聞くほうはただ聞く・・・。30年ぐらい前の棚卸しの経験を聞くと、スポンサーはただ聞いているだけじゃなかったそうですが、いつの間に「ただ聞くだけ」になってしまったのでしょうか?

ビッグブックの12ステップをやってみて気づいたのは、12ステップでは物語を語ることは重視されていないことです。そして棚卸表を書くときは自分で自身を分析し、ステップ5で相手をするスポンサーは、スポンシーが正しい解釈へとたどり着くように手助けします。「正しさ」「望ましさ」の追求は12ステップ全体を貫く原理です。

こう考えると、12ステップとナラティブセラピーは対極的なアプローチです。だから、12ステップグループにナラティブ文化が及んできたとき、12ステップの力が弱まり、導き手たるスポンサーを求める人は減っていったのではないか・・・。ま、今となっては確かめようがない昔の話ですが。

ジョー・マキューは、他の治療法の影響によって、AAの12ステップが「薄まった」結果、AAの有効性が徐々に失われたと主張しています。同じことは北米だけでなく日本でも起きたんじゃないでしょうか。

もう少し、AAなどの12ステップグループはは本来語り重視じゃない、という話を続けます。

日本のAAでは、新しくやってきた人にも、なるべく早くミーティングで話をするように薦められます。もちろん話をせずに「パス」して、ただ聞くことに徹することもできますが、「話すことが回復につながる」という考え方があります。ところがアメリカのAAメンバーに聞くと、あちらでは新しく来た人に対しては、半年か1年ぐらいはミーティングで話をせず、他の人の話をだまって聞くように提案されるのだそうです。新しい人というのは身勝手な自己主張をすることが多く(いるよね、日本でもそういう人)、それが自省や回復の妨げになる、というのがその理由だそうです。

また drunkalogue(ドランカローグ)という言葉があります。drunk は飲んだくれ、logueは「語り」という接尾語です。いわば「飲酒譚」。酒を飲んでトラブルを起こし、社会的に次第に落ちぶれていくストーリーは、時に切なく、時には笑が取れる話で、聞いていて楽しいものです。しかし、あちらのミーティングではドランカローグをとうとうと語る人は好まれないのだそうです。

その理由のひとつが「酷かったころの自分の話」は、しばしば自慢話に過ぎなくなってしまうからです。人はポジティブなことばかりでなく、ネガティブなことも自慢します。もうひとつは、ドランカローグの内容は人によって違います。そのせいでAAの序文にもある「共通する問題」がぼやけてしまうからです。

AAミーティングは、人によって違う問題、違う解決法を分かち合う場所じゃありません。共通する問題、共通の解決方法を分かち合う場所です。ドランカローグは耳目を集めますが、メッセージを運ぶ手段としては良くないのでしょう。

日本のAAは人数がなかなか増えてくれません。けれど、AAミーティングには新しい人は結構やってきます。しかし、続けて出る人は多くありません。一番問題視されているのは、2〜3年するとAAを去っていってしまう人たちの存在です。メンバーシップ・サーヴェイを見ると、この年数あたりでメンバー数のグラフがどんどん縮んでいます。なぜ人がAAを離れていくのか。それはもうAAに魅力を感じなくなったからでしょう。その人たちも、自分自身の問題や自分なりの解決を見つけたからこそ、AAに留まっていたのでしょう。たぶんナラティブな効果によって。しかし、その間にメンバー皆に「共通する問題」や「共通の解決方法(12ステップ)」に触れることができなかったからこそ、もう自分にはAAは必要ないと結論付けて去ってしまったのではないでしょうか。

去っていった人たちが悪いのではなく、「共通する問題」「共通の解決」を提供できないでいる日本のAAに問題があるのだと思います。僕が「AAのメンバーを増やす最善の方法は、いまAAにいるメンバー一人一人が12ステップをやることです」と言うのはそのことです。

ナラティブセラピーは、その専門家に任せておけばいいじゃないですか。

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プロフィール

ひいらぎ

Author:ひいらぎ
飲まないアルコール中毒者の、ドライドランクな日常。
AAメンバーとして、ネット上でアディクション関係の情報をすこし発信。

本サイトは「心の家路」。

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