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ぼんやり

起きると午後3時を過ぎていました。
隣では妻が一個6円の内職をこつこつとやっています。

「あまりに気持ちよさそうに寝ていたので、起こすのに忍びなかった」

そうでありますが、せめて午前中には起きたいところです。
会社に厚生年金・健康保険立て替え分20万円を送金しなければならないのに、もう3時過ぎではどうにもなりません。

ネットオークションをやっているので、ネット上で24時間稼働している銀行にも口座を持っています。郵便貯金だって、深夜の10分間を除けば24時間、インターネットか携帯電話で送金が出来る時代であります。なのに、我が家の主な家計を置いている地方銀行と来たら、振り込みは午前9時〜午後3時までというのを、がんとして変えようとしません。

副業のほうでやっと1200円の利益があがりました。これじゃ妻の内職のほうがずっと効率がいいです。「金銭の正しい使用が終わったところから、金銭の誤用が始まる」とはビルの言葉であります。なんか誤用のほうが多い自分であります。今年は申し訳ないけれど、バースディ献金はしません。申し訳ありません。

なぜだかわからないけれど(勘違いらしい)、仲間のバースディが一週間早く行われました。「ともかくミーティングに出続けて、仲間に会い続けることだと思う」とご本人のお話でした。

いまの自分は心の平安という言葉とはかけ離れた場所にいます。安心して生きることがいかに難しいことか。
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飲まないオフ会(もしくは散漫な一日)

マザーボード上のCMOSバックアップ用の電池を抜いて、10分経ってからもういちど電池をセットして電源を入れたら、素直に立ち上がりました。お約束のやり方なんですが、これに気が付いたのが午前3時でした。

朝は7時に起きて、朝食はコンビニのサンドイッチ。
高速バスに乗るのは久しぶりですが、今回不安だったのはお腹の具合が悪かったことです。幸い途中のサービスエリアでの休憩が普段10分のところが15分になってくれたこと、それにトイレがすいていてくれたおかげで、なんとか高速バスのなかで悶絶する羽目になるのは避けられました。

知らないうちに新宿駅に「新南口」なんてのができていて、街の様子もすっかり様変わりしてしまっていました。オフ会と言っても、やっぱり雑談するだけなんですけどね。その雑談がなんとなく楽しい。

思えばパソコン通信時代に、知り合いのBBSのオフ会に出かけては、喫茶店で生ビールの大ジョッキをしこたま飲んで正体をなくしたあげく、アパートまで送り届けられるなんていう大迷惑野郎だったこともあるわけです。あれから長い時間がたったのだなと思いました。

新宿アルタ前も何年ぶりでしょうか。歌舞伎町も。

そして西口のヨドバシカメラで玄人志向の部品を買うと、またバスに乗って帰ってきました。
帰りも途中のサービスエリアまでは寝ていたのですが、そこから目が冴えて眠れなくなりました。
(そろそろ働きたいなぁ)
なんてことを、久しぶりに思うのでありました。

バスを降りて松屋で牛焼き肉定食を食べました。そして、ピンサロの呼び込みをかわしつつ我が家に帰り着くと、お腹がまたいたくなったので、トイレに駆け込みました。
まったく不健康な痩せ方であります。

抑うつ(その2)

今日も9時間以上寝たのに、まだ眠いです。

娘との約束があったので、庭でバトミントンをしました。といっても下手っぴだし、風も吹いているしで、全然ラリーが続きません。僕にとっては苦行に等しい作業なんですが、娘たちは楽しそうであります。
しかし、日頃から体を動かしていないせいで、10分か15分もやったら息が上がってしまいました。「パパ体力なーい」と娘に責められました。

庭のイチゴが、今年最初の一個の収穫を迎えました。娘たち二人がそれを分け合って食べて「すごくあまい」という感想を言っていました。

郵便受けをのぞき込むと、会社から封筒が届いていました。「○月○日までに業務に復帰できない場合には解雇する」という呪いの言葉が書かれているのではないかと、おそるおそるあけてみたら、毎月5万円ほどの社会保険料その他の立て替えが4ヶ月分たまっているので、会社の口座に振り込むように、という総務からのお知らせでありました。

水曜→木曜→金曜→土曜と、だんだんウツの具合が悪くなっていっている気がします。原因は小遣い稼ぎにはじめた副業でありましょう。それのおかげでせわしなく、何かに追われるような日々を送ってしまい、せっかく休職している意味がなくなってしまいました。

具合が悪いので、夕方までまた寝てしまいました。

母が以前「いざとなったら、手持ちの株を売ってでも金を貸してあげる」と言っていたので、それを頼りにすることにして電話をかけました。株は配当があるが、定期預金は利回りが悪いので、定期を崩して貸してくれるといいます。なんだかすごく悪いことを頼んでいる気になってしまいました。
1月に計算したときには、無収入で休んでいるのも5月末が限界という結論でした。少し親から金を借りたり、臨時の仕事をしたりして、多少の余裕は出たものの、いよいよ限界にきたという感じです。
医者の反対を押し切ってでも、再来月あたりには仕事に復帰しないとならないようです。

体がしんどいので、明日のオフ会は休みたい気持ちもあるのですが、人と会えば気分が変わることもありますし、どうせ移動はバスが運んでくれるので、少々無理をしてでも行こうとおもっています。僕の顔に笑顔がなくても心配しないでくださいね。

千葉のほうではAAのラウンドアップが行われていて、そこからのメールが届きました。今の自分にはなんだか遠い世界の出来事のようにしか思えません。

何が災いしたのか、パソコンの起動に5分もかかるようになってしまいました。気になるけど、のんびり原因究明している時間もなさそうです。

抑うつ

9時間以上寝たのにまだ眠いです。

ゆっくりとですが障害者年金の申請の手続きを進めています。
東京で初めてかかった精神科のクリニックにはカルテが残っていなかったのですが、こちらの病院のカルテの最初のページにしっかりとした紹介状が貼り付けてあったので、これを診療録として「受診状況等証明書」というのを書いてもらえました(いわゆる初診証明)。
この代金3千円は現金書留で送って欲しいという添え書きがあったので、実に十何年ぶりかに現金書留を出しに郵便局に行きました。

現金書留の封筒が20円というのは昔と変わらなかったです。ネットオークションの品物の差し出しなどでしょっちゅう顔を出している郵便局なので、もうすっかり窓口のおねいさんとは顔見知りになってしまいました。しかし、
「今日は朝は天気が良かったのに、急に曇って来ちゃいましたねぇ、雨にならなければいいんですが」
とか突然言われても、世間話になれていない僕としてはなんと答えていいやら・・・。
「今度天気の良い週末には一緒にドライブにでも」とでも言えばいいのでしょうか?

郵政改革に対する僕の意見をここで書くつもりはありませんが、もし僕の本名をご存じなら、ググってみてください。7年も前に投稿した意見がまだ掲載されていたりします。うーん、インターネット恐るべし。ものいわばくちびるさむし。
小泉首相は、都市部の郵便局は整理統合するという意向のようです。現に我が家から歩いていける距離に郵便局が三つ(も)あります。僕の行く局と、妻の行く局は違います。僕はもちろん、先ほどの愛想のよくて、僕のことを憶えていてくれるおねいさんのいる局へいくわけであります。
僕は、たとえば封筒には切手を貼らずに局に持ち込んで差し出すことにしています。するとおねいさんはわざわざ記念切手を貼るのであります。そうすることでその局の記念切手の売り上げがわずかでも上がることになり、熾烈な局間の競争に一歩先んずることができるというわけです(大げさだなぁ)。

初診証明が取れたことで、その日から一年半後を認定日として申請することが可能になりました。そのころは酒を飲みながらでありましたが、精神科の病院に通院を続けていたので、そこに頼んで診断書を書いてもらうことは可能です。

もしそれで認定されれば、その日までさかのぼって年金が支給されることになります。実際には年金の請求権は5年で時効を迎えるので、5年分が支給されるだけですが、それでも大きな金額です。
もう代替わりしたドクターからの伝言では、あなたの場合にはD(うつ病のこと、統合失調はS、アルコールはA)だけだし、その後一般の会社にも就職しているから、診断書を書くのは難しいとありました。
病院のソーシャルワーカーさんに相談しても、認定される可能性は低いだろうし、認定されるよう症状を重く書くことも出来ないという話でありました。ぶっちゃけ「診断書はいくらなのか」という疑問には、8,400円という答えが返ってきました。安くはないけれど、思っていたほど高くはありませんでした。一応妻とも相談した上で、書いてもらうよう依頼をしました。電話口で僕が「無理だとは思いますが・・・なるべく・・・」と言って口ごもっていると、ソーシャルワーカーさんは「重めに書いてもらうようにね。頼むだけは頼んでみますよ」という返事でした。(くれば万馬券だなぁ、と内心思ったりして)。

診断書ができるまで1〜2週間。その後、今のクリニックの先生に現状の診断書を書いてもらって「事後重症」での申請をあわせてすることになります。ともかく、申請をすませるまではおとなしく休んでいるつもりでいますが、その後は働きたい気分が強いです。

僕自身、申請が通る可能性は低いと思っています。

ちなみに、他にもふたつの精神病院に入院しているので、診療履歴を書くために問い合わせの電話をしました。片方の病院は(僕は途中で姓が変わっているので)当時の身分証明と、現在の身分証明書のコピー、それに返信用封筒を同封して送ってくださいという答えでした。もう一方は、特に本人確認をするでもなく、あなたの入院日は何年何月何日、退院日は何月何日と教えてくれました。
たしかに後者のほうが便利ではあったのですが、最近どこの医療機関に行ってもポスターが貼られている「個人情報保護の・・・」というスローガンはやっぱり建前だけだったのかと暗澹たる思いをしたのも事実であります。

昨年・一昨年とバースディのプレゼントに花束をもらいました(残念なことに今年はもらえませんでした)。ドライフラワーとなってパソコンの上に飾られています。でも、きちんとした手順を踏んでドライにしたわけじゃないので、ポロポロとこぼれてきます。
レーザープリンターの印刷に所々黒いシミが出るようになったので、メーカーのサポート係に言われるままに感光ドラムまでむき出しにしてみたら、ドライフラワーのバラの花びらがはさまっていました。堅い花びらで傷ついたドラムは、アルコールで拭いても元には戻りませんでした。
サポート係の親切なおにいさんは、ドラムは消耗品ですよ、2年も使えば長い方ですよとなぐさめてくれましたが、当面秋頃までこの調子の悪いプリンターとつきあわざるを得ないという事実は変わらないのでありました。

お風呂

米野よ、お前もっとバッティングをなんとかしないと、古田の代わりは務まらんぞ。

小遣い稼ぎの副業のほうは、なんだかうまくいかないです。結果の金銭を気にしすぎると、仕事と変わらなくなってしまいます。プロセスを楽しむようにすれば、趣味になるのでしょうか。

我が家は毎日風呂に入っています。水道代を負担してもらっている義父母からは「二日にいっぺんにしたらどうか」というお小言をいただいたこともありますが、やっぱり入らないと気が済まない自分であります。

元々生まれ育った家が、毎日風呂に入る習慣の家でした。戦前は大地主だったようで、風呂の準備などは住み込みの小作人の役割だったそうです。毎日風呂に入るというのはかなりの贅沢であったようです。
農地改革があって没落した後も、この「毎日風呂」という習慣は残り、子供の頃の僕は薪風呂の火の管理や湯加減を任されていました。考えてみれば、あのころは子供が家のことを手伝うのが当然でありました。今でも長野県の小中学校には1学期、2学期、3学期の真ん中に短い休みが残っている学校があります(なくなったところも多い)。それぞれ「田植え休み」「稲刈り休み」「寒中休み」と呼ばれていました。
学校を休んで農作業を手伝いなさいという主旨でしたが、僕の頃には実際の農繁期と時期がずれてしまっていて、あまり意味はありませんでした。
寒中休みってのは、節分の頃に「あんまり寒いから学校も休み」という休みであります。まあ、年平均気温が今より2℃も低かった時代の話ですから、今の長野がそんなに寒いと思わないでください。

話がそれました。で、実家の風呂は「沸かし直し」と言って、水を換えずに2日〜3日と風呂に使いました。当時の僕は「バスクリン」という入浴剤は、風呂の残り湯の濁りをごまかすための薬剤だと思っていました。
農家を大きくやっている家では、汗をかくので「沸かし直し」でも毎日風呂に入るところ多かったようですが、勤め人の家は「あまり体を使わないから」週に2回というところが多かったです。

東京でひとり暮らしをしていた頃は、ずっと風呂なしのアパートだったので、飲んだくれて銭湯に行けない時の汚れはひどいものでした。長野に戻って、両親と同居するようになり、また風呂の習慣が戻って清潔になりました。しかし、いつも酔っぱらっているし、肝臓が悪くて体がだるいので、風呂にはいるのは大変面倒な作業で、親にうるさく言われるのが苦痛でたまりませんでした。独身最後の頃は、風呂の習慣も崩れて週に2〜3回ぐらいだったかもしれません。

結婚した相手は毎日入浴して、洗髪も毎日する人でした。僕は洗髪なんて週に2〜3回で十分だと思っていたのですが、温かいお湯を頭にかけると目の疲れや肩の張りが楽になるようで、毎日洗髪することになりました。いまも風呂にはいると、血の巡りが良くなって、気分が良くなり、ついつい夜更かしする原因のひとつになっています。

だいぶ前のBOX-916の記事に、「私は疲労を取るのは、睡眠、入浴、飲酒の三つしかないと思っている」という言葉がありました。僕もそうだなぁと思います。相変わらず睡眠障害もあり、飲酒も出来ない自分としては、風呂は(面倒だけれど)楽しみのひとつであります。

兄家族と母の二世帯住宅として建て直された実家の風呂は、24時間の循環風呂であります。広々と大きなその風呂をうらやましいと思うこともありますが、冬場は寒さがこたえるので、我が家のちいさなユニットバスのほうがお気に入りであります。

仕事を抜け出してスーパー銭湯でのんびり過ごしている、というお気楽なメールをもらってそんなことを考えました。

放送大学

くっそー、松坂めー。(ミーティングの前後に野球中継を聞いています)。

掲示板で放送大学の話をだしてしまいました。
僕は大学中退なので、学士は持っていません。以前はそれがコンプレックスだったのですが、最近ではそれほどでもありません。

「どこの大学だったんですか?」と興味本位で聞かれることがあるのですが、「地名の付かない国立大学がふたつだけあるんですが、その片方」と言ってはぐらかしています。旧帝大でも駅弁大学でも東京六大学でもないことがわかると安心するのか、それ以上質問を重ねてくる人はいません。

宝くじの一等でもあたって、生きていくために働かなくても済むようになったら、大学にでも入り直して勉強したいなぁと思うのですが、所詮妄想であります。
もし仮にそうなったとしても、計算機学や情報数理は選ばないでしょうね。この分野は日進月歩。大学で教えているのは化石のように古い学問であるか、超数論のようにスーパーでのお買い物には全く役に立たない理論であったりします。

でも、いつかは学士を取りたいなぁという願いをつなげてくれる存在が放送大学であります。関東ではUHFで勝手に放送していますから簡単に見られますし、SkyperfecTVのチューナーだけ買って、契約しなくても見られる無料コンテンツのなかでは唯一役に立つ番組であるとも言えます(え? ショッピングチャンネルのほうが役に立つって?)。契約はしないがチューナーだけ買いたいと言ったら、電器屋の店員さんはどんな顔をするでしょうか?
我が家のケーブルテレビにも放送大学は届いております。

金銭的にも時間的にも余裕が出来たら、科目履修生になって地道に単位を取得していき、十年でも二十年でもかかって卒業する・・・という夢は夢で終わるんだろうなぁ。

たとえばおもしろそうだと思った授業をビデオに撮っておいても、ぜったい見ないですから。

ちなみに科目履修生なら入学金と1科目分の授業料をあわせて1万6千円です。入学は無試験なので、これだけのお金を払えば「国立大学生」という地位が手に入ります。JRの学生割引も受けられます。しかし、なんと言っても高価な(何万円も、何十万円もする)ソフトウェアのアカデミックディスカウントを受けられるという利点はあります。

たとえば僕が今起動しているVisual Studio .NETを新規購入すると123,900円ですが、学生証を見せるだけで24,360円にディスカウントされます。
(まあ僕の場合には小学生の娘に買いに行かせるという手もありますが・・保険証でいいんだってさ)。
携帯電話も学生割引がありますね(これは小学生はだめなんだそうです)。確定申告で勤労学生控除も受けられる・・のかなぁ。

明治政府は民主政府ではなかったけれども、お金がない中で日本中のあちこちに学校を建てて教育を普及させた。それが今の日本の土台を築たんだって話をしていたのは、司馬遼太郎だったでしょうか。

国民のほとんどが字が読めて書けるというのは、これは実はすごいことなのでしょう。

「ビッグブックと12&12を総ルビにしたらどうか」という意見を言ったら、「細部に泥濘するよりも全体をつかむことが大切」という意見をちょうだいしました。

初めてミーティングで指名されて12の伝統を読んだ時に、「われわれのリーダーは奉仕をになわされたしもべに過ぎず」と読んで訂正をされ、顔を真っ赤にしたのを今でも憶えている僕であります。

プログラミング

何が悲しゅうて、休職中にVisual Stadio .NETなんかを自宅のパソコンで起動して、仕事モード全開でプログラミングにたずさわらなくてはならないのか?

品物をどこかから少しでも安く手に入れて、ネットオークションで売って、わずかの利益を稼いでいる人を俗にテンバイヤー(転売屋)といいます。僕も小遣い稼ぎにテンバイヤーをやってみることにしました。そこは技術者たるもの、若干の付加価値を加えて、多少利益らしい利益をだせるようにしたいものですが・・・。
どんな商売でも、最初は仕入れから始まるので、僕の(家計ではなくて僕の)貯金の残高は底を突きつつあります。このまま計画倒れになる可能性もなくはありません。やれやれ、いつだって僕は狂っているのであります。

僕はパソコンにはYahoo!メッセンジャーをインストールしてあって、パソコンの電源が入っている時は、たいていログオンしております。以前は「心の家路」のホームページにIDを載せていたこともあって、チャットをしてくる人も何人かいらっしゃいました。

でも僕はパソコンをいじるのが趣味なので、しょっちゅうWindowsのリブートをやります。すると、相手のメッセンジャー上では僕がログインしたりログアウトしたりが頻繁に表示されるという、きわめてうっとうしいことが起こることになります。
というわけで、たいていの場合は「無視リスト」の中に入れられてしまっているのではないかなぁ、と想像しています。

でも僕にとっては、オークションの状態を見張ったり、野球の途中経過を見たりと、Yahoo!メッセンジャーの存在は欠かせません。

今夜たまたまメッセンジャーのリストを見ていたら、以前の僕のAAスポンシーがログイン中だったので、チャットを仕掛けてみました。最近すっかりAAはお見限りなので、どうなっているのか心配していたのですが、とりあえず飲まずに元気でいることが判明したので一安心であります。

日本にいるEnglish Speakerたちは、Skypeというインターネット電話によるミーティングをすでに始めているようであります。AASkypeMeetings.com。日本語でもこういうのはじめたいねぇと思っているのですが、思っているだけでなかなかやる気になれません。

でも、ビッグブックの第4版には face-to-face でも、modem-to-modem でも、ひとりのアルコホーリクがもうひとりのアルコホーリクと経験を分かち合う時に、回復は始まると書いてあります。文字によるコミュニケーションには制限がすごくあるように思うので、ボイスミーティングってのをいつかはやってみたいものであります。

去年までは神宮球場のヤクルト戦は、Yahooがインターネットラジオで中継してくれてたのですが、ソフトバンクが球団を買ったせいで、今年から中継されなくなってしまいました。

凶兆

英文のメールが舞い込みました。
SPAMなら英文のも珍しくありませんが、文字コードセットがBIG5である場合には、たいていは例の台湾の会社であります。

それは機械のトラブルを伝えていました。
この前、直しに行ったやつじゃなくて、一昨年に納入したものでした。
しかも、僕の書いたプログラムじゃないし。

実はそのとき3本プログラムを書く必要がありました。全部自分で書いても良かったのですが、一人で台湾に行くのは淋しかったので、当時「会社を辞めたい」と公言していた若い社員を無理矢理説得して、その中の一本を書いて貰いました。
「仕事で海外出張に行ったって言えば、転職先でもハクが付くよ〜」というのが、口説き文句でありました。おかげで彼の退職は半年近く伸びてしまったのですが・・・。

結構そのときは楽しかったです。下町の食堂で皆で夕食を食べていたら、頼んでいない料理が出てきて「変だな」と思いながらも食べてしまい、半分以上減ったところで隣のテーブルの客の料理だったことが判明しました。でも誰も怒るでもなく、食いかけの料理がテーブルを移っていきました。相手も「謝々」とか言っていたし。
車を運転していたSさんが、バックする時に後方確認を怠って、バイク数台をなぎ倒してしまったこともありました。我々は「やっべ〜」とか思ったのですが、彼は"No Problem"と言ってバイクを起こすと、平然とその場を去ってしまったのでありました。
(タクシーなんかもボコボコにへこんでいるのも珍しくありません)。

そして、その一本のプログラムの調子が悪いのであります。
自分の書いたものでないプログラムを読むのは好きではありません。人のプログラムを読むのが好きなプログラマーなんていないでしょう。他の人が考えた論理を、プログラムから逆に推論して導かなければならないわけですから。

妻は「また台湾?」「また仕事?」「またお金になるの?」と浮ついたことを言っていますが、僕の心の中はこんな事態を招いた運命を呪う気持ちでいっぱいであります。

何が嫌だって、英文のメールに返事を書かなきゃいけないのがいやです。

サイトの管理

掲示板「ぶどうのつるのように」には、時折「逆援助の交際」だとか「無料で出会い」だとかの投稿があります。
以前は、こういうものがあっても「ミーティング会場の隣の部屋から聞こえてくる雑音」と同じと見なして、いちいち削除することもありませんでした。
しかし最近はソフトウェアを使って機械的に投稿していくパターンが多く、ほったらかしておくと掲示板の半分が「高級セレブ女性とのおつきあい」みたいな記事で占められてしまうことになります。(もちろんそんなものに連絡を取っても、こっちのメールアドレスを収集されて迷惑メールが山ほど来るようになるだけですから、ご注意を)。

しかたがないので、こつこつと削除しているわけであります。同一IPからの連続投稿を禁止するとかの処置をサーバー側でやってくれれば助かるんですが、そういう投資をするほど掲示板システムでは利益がでていないのかもしれません。

『電車男』のように掲示板の記事を他に利用して利益を出すというビジネスも考えられなくはありません。掲示板もライブドアに売り払われたことだし、「ぶどう」の中身を勝手に利用されても困るので、念のため利用規約を読みに行ってきました。

まあ、そんな条項はありませんでしたが・・・。

読んでいて気がついたのですが、禁止事項の中に「公序良俗に反する目的若しくはその虞のある目的で使用すること、又は公序良俗に反する情報を第三者に提供すること」というのがあって、さらに次の条文に「前条に該当する内容が掲示板上に書きこまれた場合、すべての管理者は当該内容を書き込んだ利用者に注意を促すとともに即刻その内容を消去する責任を負います」となっています。

う〜ん、最初からこうだったかなぁ。こんなに管理者の責任が重く設定してあったか良く憶えていないのでありますが、まあともかくこれからは「まめに削除」することになります。

AC・摂食障害のRYOKOさんのブログ「閑中忙有り」へのリンクを追加しました。

ノートパソコン

妻用のノートパソコンを購入したのは、僕が初めて台湾へ渡航する直前でした。
もちろん会社には外で仕事をする時のためのノートパソコンがあるわけなんですが、少々型が古かったのと、(マウスの役割を果たすのが)キーボード中央のトラックボールという設計が気に入らなかったので、自分専用のを用意するつもりになったのでした。

当時「ソーテック」というメーカーが安さを売り文句にパソコン業界に進出してきた頃で、僕の住む街にもソーテックのお店が出来ていました。ノートパソコンが12万円というのは、(今なら12万円は普通の値段でしょうけど)当時としては破格の安さでした。廉価版のために、液晶がTFTでなくてSTNだったり、軽量化の工夫がなくてずっしりと重かったりと、安かろう悪かろうではありましたが、「12万円なら買っちゃうよーん」と、出来たばかりのソーテックのお店で、買って帰りました。

パソコンの箱を抱えて帰宅した僕を迎えたのは、妻の厳しい目つきでした。
「その箱はなに?」
「き、君へのプレゼント」

仕事が忙しすぎて、そのノートパソコンにWindows2000やら開発ソフトやらをインストールしている暇もなく、結局会社のノートパソコンを持って台北へ行くことになってしまい、ソーテックのノートPCは、そのまま褄の所有物へと変わってしまいました。
それが西暦2000年のことであります。

さて、今年の5月5日の日記にあるように、妻が「えっくすぴーじゃなきゃ嫌だ」と言い出したので、しかたなくWindows XPのインストール作業にかかりました。でもHDDの容量が4GBでは、XPと一太郎とメールソフト云々を入れると容量不足であふれてしまうだろうと思い、HDDの交換をしようとして・・・見事に失敗し破壊してしまいました。
メーカーに修理を出しても良かったのですが、その前に「なるべく直しておこう」と思っていじっているうちにどんどん破壊してしまって、修理に出すと何万円かかるかわからない状態になってしまったので、メーカー修理は諦めました(だいたい修理見積もりだけで1万7千円は高すぎるぞ!)。

それから僕は妻のと同型のノートPCで、動作しなくなって「ジャンク品」と呼ばれるようになったものを都合4台買い集め、それから使える部品を集めて3台の完全動作するパソコンを作り出しました。バラしては組み立て、バラしては組み立てを繰り返すたびに、だんだんと習熟し、メインボードの交換にも30分もかからないという立派な「パソコン組立工」になってしまいました。

さて、実際に5年前のパソコンにXPをインストールしてみると、動作が重くて(遅くて)使い物になりません。Meというので我慢してもらうことになりました。これだったらHDDの交換なんてしなくても良かったのに・・・。

3台のうち1台は妻に返し、1台は子供たち二人が教育ソフトを動かす共用パソコンになり、もう1台は僕の手元に残ってapacheとsambaを動かすために働いてくれることになりました。
そして動かない2台はジャンク品として売られていくことになります。

そのうちにこのパソコンの分解・組み立て・オーバークロックを開設したサイトでも作ろうかと思っています。
プロフィール

ひいらぎ

Author:ひいらぎ
飲まないアルコール中毒者の、ドライドランクな日常。
AAメンバーとして、ネット上でアディクション関係の情報をすこし発信。

本サイトは「心の家路」。

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