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大晦日

今年は市内にある県立の青年の家が閉じました。
理由は老朽化と利用者減だそうであります。いつかそこでAAのイベントをやりたいという漠然とした願いを持っていたのですが、それも叶わずに終わりそうです。
市内といっても山奥だし、バスで行ける場所でもなく、利便性という点では「何でこんなところに建てたんだ」と疑問が残るものでありました。もしAAのイベントをやったとしても、駅との間の輸送手段に頭を悩ませることになったでしょう。
青年の家という公共施設がなくなってしまうのは残念ですが、あまりに不採算で利用の少ない施設が閉じられてしまうのは、税金を使っている限りやむを得ないとは思います。税金ではないが年金を使って保養施設をたくさんつくり、赤字を垂れ流していたのよりはマシかと思うのであります。

さて今日は大晦日でありますが、妻が寝臥せっていることもあって(というのは言い訳にすぎないのですが)掃除は行われません(毎年のことだ)。
「心の家路」的に今年を振り返ると、最大のトピックはサーバーの移転でありました。訪れていただく方にはほとんど違いがわからない(多少レスポンスが良くなったぐらい?)でしょうが、舞台裏ではPerlスクリプトの書き直しなど、なかなか面倒でありました。
年間6千円のレンタル費用は安くはないと思うものの、自宅にサーバーを設置したら、維持費用は月500円ではすまないでしょう。
テキストブラウザ対応や、携帯電話対応など、やりたいことはたくさんあったけれど、実現しないままに年を越します。ぐずぐずしている間に、携帯電話のほうでフルブラウザが一般化してしまうかも知れませんね。

さて、今年はメールで年賀状を出すという計画を企てています。
今までメールでの年賀状にはかなり否定的な僕でありました。
郵便での年賀状は、受付も1ヶ月ほど前から行われるし、仕分けや配送などもアルバイトを大量に雇ってインフラストラクチャーも整備されて行われます。だから、郵便システムかかる大量の負荷に耐えられる仕組みになっています。

10年以上前にインターネットメールを使い出した頃には、年賀メールを出すというのはまったくの非常識でありました。相手のメールボックスはフロッピーディスクの容量より少ないのが普通でしたから、皆が年賀メールを出せば、メールボックスが簡単にあふれました。年末年始だからといってインターネットのインフラが増強されるわけでもなく(これは今も変わらないか)負荷がかかりすぎれば、人々が休みを取っている間にシステムはダウンし続けるということにもなりかねませんでした。
しかし今やギガビットの通信網が張り巡らされ、サーバーは高機能で大容量になり、たかだか数十キロバイトのメールについて気にしなくてもよさそうな環境が整ったと判断しました。
一方で、住所は知らないがメールアドレスだけは知っている人の数は増える一方です。
というわけで、メールアドレスのリストアップもすまして、年明けを待っている状態です。

一年が過ぎ去っていきいますが、今日一日の生き方に境界はありません。
それでもひとつの区切りとして、皆様の来年が、良い一年であることをお祈りしております。
メールが届く人にも、届かない人にも、感謝をこめて。
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No due or fee

「JSOの財政を支援する会」という組織からお手紙が届きました。
以前からその存在は噂として知っていたものの、入会の勧誘を受けるとは光栄なかぎり(?)であります。しかし義務的に毎月千円ずつ集めるという手法は、長いこと慣れ親しんできたAAのお金の集め方に慣れた人間にとっては違和感があるので、入会はご遠慮することにしようと思います。

今年はバースディ献金もしなかったし、個人献金も多分していないと思う。まあ所得税非課税の状態なので今年は勘弁していただこうと思った次第であります。
僕は買い物をするときに、意識的に500円玉が財布に残るようにしています。それはミーティング場の献金箱に入れるためであります。500円玉がないときは100円玉を三つ入れることにしています。三つないときはあるだけの100円玉と50円玉。献金を入れるのを忘れていることもあるので、「最近献金していないな」と思ったら千円札を入れることもあるぐらいです。
これがAAメンバーの平均より多いのか少ないのかは分かりません。

ただざっくり計算することはできます。JSOを含むゼネラルサービスの予算が四千数百万円。これを全国のざっくり四千人のメンバーの献金で支えているので、一人あたりおよそ年間一万円です。関東甲信越のセントラルオフィスの予算規模が二千万円弱。これをこの地域の二千人弱のメンバーで支えているとすると、やっぱり一人一万円ぐらいです。これに各地域・地区のレベルの活動があり、そして何よりグループのレベルではコーヒー代やらハンドブック代やら、会場費・暖房費などが必要です。地域性もあるし、グループの人数にもよるでしょうから、あとは自分の財布の中身と、霊的進歩というものと、いろいろバランスを考えて自己決定すべきものが献金だと思っています。

さて話は変わって、今日は「心の家路」のリンク集のチェックをしておりました。
たまにチェックをしないと、リンク先が 404 Not Found になっていたりするところがあるからです(案の定ACODAのアドレスが変わっていました)。

今年を振り返って思うのは、アルコホーリクの人のブログがとても増えてきたなという感慨です。ブログというのは新聞の用語によれば「日記式簡易型ホームページ」だそうですが、まあそんなものなのかもしれません。タリウムで母親を毒殺しようとした女子高生がブログを維持していたということがニュースになっていたのが印象に残ります。
HTMLだとか、FTPだとか、そういううざったい話抜きで情報を発信できるブログというのは、一過性のブームでは終わらないかもしれません。
僕の手元にも、AAメンバーやアルコホーリクの家族の人のブログが10以上リストアップされていて、精読が済んだらリンク集に加えようと思っているのですが、なかなか集中力が沸いてこないために、どんどん先送りになっていっています。
「心の家路」を始めた頃は、依存症関係のページを探すこと自体が大変だったので、どんどん情報発信者が増えてくるというのは、隔世の感があります。

この雑記の一年を振り返ってみると、10年前を振り返ってという企画を始めたものの、なんだか尻すぼみになってしまいました。多少遅れ気味でも、来年もなんとか続けていきたいです。

冬休み

同僚に麻雀を朝4時までつきあわされ、寝たのが朝6時だったので、起きられるかどうか心許なかったのですが、子供との約束は守らねばなりません。

お昼には起きて、映画『あらしのよるに』を見に行ってきました。上映時間120分というのは、さすがに小学校低学年の子供にはきつかったかもしれません。途中で飽きてきて、ポップコーンを頬張ってなんとか集中力を取り戻すといった風情でありました。
映画の内容については可もなく不可もなくといったところでしょうか。つまらなくはなかったけれど、人に「ぜひ見たほうが良いよ」と勧めるほどでもなかったかな、という感じです。

イチゴ狩りがポシャってしまったので、別の企画をと考えて、二日前の夜に「映画を見に行こう」と誘ったら子供たち二人はとても乗り気でした。もうすこし大きくて字幕が読めるようだったらハリーポッターなのでしょうけれど・・・。

薮から棒

「心の家路」へのアクセス数も年末に向かって減り始めました。
まず大学がお休みの期間はアクセスが減ります。これは大学生のアル中さんが読んでいるというわけではなくて、見当はずれのキーワード検索で「心の家路」にたどり着いてしまうのでありましょう。僕が学生の頃はインターネットなどというものは存在していなかったので、いまの学生のキャンパス・コンピューティングライフがどんなものかは想像するしかありませんが、きっと学内LANは光ファイバーで、無線LANの電波が飛びまくっているのではないかと思われます。そういった環境で思うさまnyをしたり、怪しげなキーワードでGoogleったりして、あげくに「心の家路」にたどり着いて、薄気味悪い予言にでも出合ったような気分になっているのかもしれません。
話が変な方に行きました。

今日か明日あたりが仕事納めという会社が多いのではないでしょうか。
僕の会社も明日は大掃除だけで、お昼に寿司くっておしまいであります。ということは、普段は午後出社の僕も、明日は朝一番から出社しないといけないというわけです。明日の朝はチーズトーストをコーヒーで流し込んで出かけることでしょう。
今年は僕は休職をしてしまったわけですが、順調に仕事を続けていた(同じうつ持ちの)同僚の一人は、満足すべき成果を出して先週からリフレッシュ休暇に入っている人もいます。(この一年の間にすっかり差がついてしまったな)と思うとちょっと悲しくなりますが、周回遅れになっても気にしないでペースを守っていくことが大切なんでしょう。
一方、この年末にきて客先でトラブルを発生させている同僚もいて、ひょっとしたらこの時間もまだ会社にいるのかもしれません(いま夜半すぎです)。

毎日知恵熱が出そうなぐらい勉強しても、7年前のCOM技術の本を30ページほど読み進むのが限界です。

正月に実家に帰ったら、親子でイチゴ狩りに行こうと思い、観光農園に電話をかけてみたのですが、「イチゴの収穫は一月下旬から」だと断られてしまいました。

11年前に僕が2回目の精神病院への入院をしたときに、同じ入院患者のとある人物と知り合いました。僕としては大して親しいつもりはなかったのですが、相手が年賀状をくれるので、こちらも毎年出していました。しばらくは比較的近くに住んでいたのですが、(アル中ではないけど)病状悪化して独居できず、実家に帰ったと聞きました。
それっきり縁もなくなったと思っていたころ、EメールのCCで借金の申し込みを受けました。もしくはノートPCを無料で譲って欲しいという趣旨でした。そのうち何回か電話で借金の申し込みを受けたので、つきあいはこれっきりにしようと、賀状を出すのもやめました。

その人物から今日は3回電話があり、用件はつまるところ借金の申し込みでありました。こちらも今年は親から金を借りて暮らしている状態であること、所得税を納める必要のないほどしか収入がないことを伝えて、丁重にお断りしました。

僕は何回かアルコホーリクに金を貸したことがあります。返ってきたこともあるし、返ってこなかったこともあります。でも相手にとって役に立ったと確信できたのは、今年自分も苦しい中から(献金するつもりで)送金した一回だけです。

「良くなりたいという意欲があるアルコホーリクには、俗に言う施しのようなことは必要ないし、本人も望まないだろう」
「しかし、まさにそれが必要だという場合には、私たちはかなりの無理を背負ってでもお互いに助け合う。これは矛盾しているように思えるかもしれないが、私たちはそうは思わない」

もう少し経験を積まなければ分からないこともあるのだと思うのであります。

近況報告

妻が退院してから2週間余りが経ちました。
入院生活が長かったせいか、腰の筋肉が弱って退院当日に腰痛を患い、ブロック注射をして母屋で寝込んでしまいました。最近は腰痛のほうは良くなりましたが、うつのほうは改善していないみたいで、「なんにもする気がしない」が口癖であります。
母屋の座敷に布団を敷いて、昼も寝て、夜も寝るという生活を続けています。

僕が休職した今年初めごろから3月まで保健室登校をした長女ですが、妻が入院を待っている9月ごろに再び保健室登校になりました。その後、妻の入院でどたばたして、実はそのことはすっかり忘れていたのですが、先日尋ねてみたら「9割以上は教室で授業を受けている」そうであります。親が必要以上に心配して、おたおたしなかったのが良かったのかもしれません。
でも、精神科通いも服薬も続いています。

次女はストレスが原因の難聴は治ったようですが、こんどは肩こりがひどくなったようで、パパに肩を揉んでもらうのを、お姉ちゃん以上に楽しみにしているようです。

義父は相変わらず「ぶつぶつ」と小言が絶えない人であります。義母は僕が洗濯を自分でするようになってから機嫌が良いです。

僕はといえば、相変わらず「午後から」勤務を続けていますが、仕事をまかされる量が増えるようになると、さすがにそれでは不都合が多くなってきました。年明けには午前中の勤務もある程度するようになるでしょう。

お正月は子供と3人で実家に二泊三日の帰省をしてくる予定です。例によって、(年賀状連動企画)三が日特別ホームページも準備ができております。

寝る連休

3連休は「寝て、寝て、また寝て」しまいました。
12月初めごろから、仕事に行くために、ドリンク剤(ウコンの力というやつと、ショコラBB)を毎日常飲していました。僕の考えでは、ドリンク剤というのは、エネルギーを発生させる道具ではなく、枯渇しつつある体のエネルギーを搾り取る道具のような気がします。
飲んでいるときは体が動いて良いのですが、限界まで酷使された肉体と頭脳は、後で必ずそのぶんの休みを要求します。
飲み続けるのを止めれば体が動かなくなるのが怖いので、飲み続けるわけです。いつまでもドリンク剤に頼ってはいられないと分かっていながら飲み続けるのは、一種の依存なのかもしれません。なるべくマイルドなものを選ぶ努力をしているのですが、もっと基礎体力をつける努力をしたほうが正気なのかもしれません。

雑誌の編集後記なんかを読んでいると、20才の頃から毎日ハードなドリンク剤を2本飲み続けて十数年なんていうことが書いてあったりします。その職業の大変さはわかっているものの、いくらなんでもそれは頼りすぎなんではないかと思ったりするのであります。

ちなみにこのドリンク剤の味というのは「いかにも薬」という味のほうが売れるのだそうです。昔ある大手製薬メーカーが、バーテンダーに依頼して「美味な」(つまり上等なお酒みたいな味という意味であろうと思われる)ドリンク剤を開発し、発売してみたものの、ちっとも売れなかったそうであります。「酒で元気が出る」と思うのはアル中ぐらいなものでありましょうか。

この3日間は「COMの勉強」にあてるつもりで、380ページの教科書を会社から持って帰ってきました。残念ながら読めたのは38ページだけであります。若い頃はスポンジが水を吸うように知識を(無駄なものもたくさん)吸収できたものでありますが、記憶力は年と共に衰え、新しいことを学ぶのが苦痛になりつつあります。COMはすでに古い技術で、現在は.NETが主流であります。残念なことに自分は2周も遅れています。が、焦らずにゆっくりとやることにしましょう。

年が明けたら このイベント に参加したいと思っているのですが、体調が下降線をたどっているので、自信がだんだんなくなってきました。でもこういうときは例の合い言葉です。

「何事もなるようにしかならない」
そして
「神の配慮におまかせです」

寒い一日

23日は頭痛、肩、背中、腰、足の痛みで起きられませんでした。
前日の夜、マッサージ機で揉んだせいで「張りかえし」がきていたのでしょう。それも猛烈な痛さで我慢できず、医者から処方されている鎮痛剤を飲んでまた寝ました。午後4時頃やっと起き出して、アイロンをかけ、たまっていたマンガ雑誌を読みました。
そして風呂に入って、子供たちを寝かしつけて、そしてまた自分も寝たのでした。
なんだか一日損をした気分です。

大変な一日

午前中は精神科医へ。夜寝る前の薬を飲んでから10時間〜11時間ぐらいは眠いんですよという話をしました。症状の改善と共に、薬が効きすぎるほうに傾いてしまうのでしょうか。何ヶ月か前にセパゾン(クロキサゾラム)2mgを1mgに減らしたのですが、今度はそれをセパゾンの2/3ぐらいの強さの安定剤に変えてみましょうということになりました。
いつもは出してくれる「お薬情報」の紙をもらえなかったので、新しい安定剤がなんという名前なのか次回年明けの診察までわからないでしょう。
セパゾンの半減期は100時間。比較的代謝のゆっくりした薬ですから、はたしてこれを別の薬に変えることで、眠い時間が長すぎるという症状が改善するかどうかはわかりません。どちらかというと主治医が(アル中に継続投与するにはあまり好ましくない)安定剤を削りにかかったという要素のほうが強いのかもしれません。

ちょっと早いけれど12月の給料が支給され、年末調整の紙もやってきました。今年は休んでばかりいたので、給与支給額が控除額より100万円ほど低い(つまり納税額ゼロ)ということになりました。思わず「わはは」と笑って話題にしていると、年配の社員から「笑い事ではないだろう」とたしなめられてしまいました。
でも、AAにミーティングに出続けていると、どうしようもないことは暗い顔をして悩んでいるよりも、いっそのこと笑い飛ばしてしまった方が楽だということを学ぶのであります。
所得税を払わないのは12年ぶりぐらいでしょうか。確定申告の必要もなしです。

午後は半日延々と会議。
僕のようなぺーぺーは仕事の時間のうち1/3ぐらいが会議であるのがせいぜいですが、部長クラス以上になると仕事のほとんどが会議か面談であります。

夕方から忘年会。忘年会があるということは公式には一切知らされていません。社内の非公式な情報伝達網を使って広まっていた噂でありました。公式なルートで伝わってくる情報は、全体の3割ぐらいでしょうか。会社というもののやっかいなダイナミズムをこの年になって学びつつあります。

飲み助の多い会社であって、宴会は決して居心地の良い場所ではありません。でも、人的交流のためという名目で、ひとりあたり3000円が補助される(これも非公式で、机の上にいきなり現金がおいてあった)ので、逃げるわけにも行きません。

酔っぱらった年配の社員から、「君はもっと積極的に・・」うんぬんという説教をくらってしまうものの、僕は仕事中毒の面は持っていて、仕事に時間を捧げてしまう傾向はあっても、会社のために人生を捧げるつもりにはとうていなれないのであります。むろんそんなことは相手に悟られないようにと思っているのですが、きっと日頃の態度には出てしまっているのでしょう。

一次会が散会した後、前の会社から一緒の四人でカラオケへ。のどが痛くなるまで歌って解散。帰りに深夜までやっている健康ランドで風呂に入りました。セガトイズ製のマッサージ機とパラマウントベッド製のマッサージベッドで、400円を使って都合20分体を揉みほぐしました。

今週は本社出張があったりして、体が疲れていました。揉みほぐされているのは気持ちの良い者です。が、僕ももう若くはありません。翌日は筋肉の痛みに苦しむことになるのでした。

朝のニュース番組を見ながら睡眠。

青春編みー後

どうも先月あたりから「地元じゃ負け知らず」なんていうフレーズが頭の中をリフレインしていて困ります。

まず郵便局で年賀状を出すついでに、書き損じのはがきを交換してもらいました。規定では「印面」(あの切ってみたいなのが印刷されているところ)が汚れているものは交換不可とされています。プリンターの上下逆さまに突っ込んでしまったミスの場合には、印面が汚れることはありませんが、表裏逆の場合はどうしたってそこが汚れてしまいます。8枚のうち2枚は交換してもらえないかなと思っていたのですが、全部交換してもらえました。
「手書きの場合にはだめなんですが、プリンターの場合にはどこに印刷しちゃうかコントロールできないので、印面が汚れているのもいいのです」と親切に教えてくれました。
「当選発表まで待たなくていいんですか?」とも聞かれました。そうか、ひょっとしたら書き損じのはがきでハワイ旅行があたる可能性もあるんだ。1月下旬にまた来るのも面倒なので、50円切手に交換してもらいました。

GoogleのサービスにGmailというのがあって、容量が2.5Gバイト与えてくれます。これはどれぐらいの容量かというと、メールをパソコンにダウンロードした後も削除しなくて放っておいても(当面のところは)メールボックスが一杯になったりしないということです。
いままでハードディスク・ディザスタで、受け取ったメールを何回かごそっと失っている身としては魅力的なサービスです(無料だし)。
が、これ実は「すでにGmailを使っている人から招待を受けないと加入できない」仕組みであります。いわゆるsponsorがいないとだめってやつです。
いままで、このスポンサー探しを延々としていたのですが、実は会社で隣に座っているやつがGmail使いだと判明し、さっそく招待メールを送らせました。

使いたい人には招待メールを送りますので、申しつけください。

長野は寒いぞ

本社の近くのビジネスホテルが満室だったので、ちょっと離れているけれどLAN完備でネット接続無料のホテルに投宿したのでした。
暖房がよく効いていて、トイレはウォシュレットが装備されていて、なかなか快適でした。僕はビジネスホテルの浴衣が(薄ら寒くて)好きではないので、いつもパジャマ持参で旅行するのですが、今回はパジャマを忘れても浴衣で我慢できるほど、あったかい部屋でした。

でも、まあ朝は会社に近いホテルに限ります。慣れない土地というのは、距離感覚が分からなくていけません。本厚木のホテルから会社まで1時間ちかくかかりました。

午前中に中国人たちと打ち合わせをすませると、もうやることがなくなってしまいました。バーミヤンで一人で食事をして、町田から八王子、八王子からあずさ号で帰ってきました。
こちらの駅をおりたとたんに、寒さで縮みあがりました。

パソコン部屋の電気ヒータをつけたら、温度計が1度を示しました。4時間ほど暖房をつけっぱなしにしておいたのですが、12度までしか上がりませんでした。もう電気の暖房では限界かもしれません。

年賀状の印刷を終えました。今年はプリンターに上下逆さまに突っ込むミスを犯したりして、8枚も無駄にしてしまいました。そういえば書き損じのはがきを交換してくれるサービスがあるはずだと思って調べてみたら、ありました。
■使わなかったお年玉付年賀葉書についてに、手数料5円で別のものに交換してくれるとあります。

このページには、お年玉付き年賀はがきの商品の変遷が表になっています。僕が小学生のころは「折りたたみ式自転車」だったのですが、いまや「わくわくハワイ旅行」「国内旅行」「ノートパソコン」「DVDレコーダー+ホームシアターセット」とかになっているのであります。

ハワイに言ってみたいぞ(沖縄でも可)。
プロフィール

ひいらぎ

Author:ひいらぎ
飲まないアルコール中毒者の、ドライドランクな日常。
AAメンバーとして、ネット上でアディクション関係の情報をすこし発信。

本サイトは「心の家路」。

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