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宗教の勧誘

一人暮らしのアパートで飲んでいた頃、良くやってきたのが宗教の勧誘でした。当時の多摩地方では、えほばやものみやまひかりなどが熱心に活動していました。まあ、たいてい僕は「間に合ってますから」と、新聞の勧誘を断るのと同じ言い訳でドアを閉めていました。

ある時、下北沢の居酒屋で3人で飲んでいたときのこと。メンツは僕と、僕のプログラミングの導師、それから北陸出身のパンクロッカーだったと思います。そこはよく行った店で、板さんにも、店長にも顔を覚えられ、つまみ類もお任せで頼んで飲んでいました。
その時も、終電の時間が過ぎて、たいていの客が帰った後も、僕らは飲み続けていました。すると、隣のテーブルで残って飲んでいた二人組が、「一緒に飲んでも良いですか」とこちらのテーブルに移ってきました。
しばらく世間話などしていたのですが、そのうち二人組が宗教の勧誘をはじめました。どうやら仏壇を売るところらしい。どだい3時間も酒を飲み続けてきた人間を相手に、さらに飲みながら布教しようと言うのだから無理な話です。
こちらはおたく3人組だから、相手の話を聞かずに自分たちの好きな話をするだけでした。おたくってそういうもんでしょう。その時も、布教の話はお構いなしで、共産圏のSF作家の話から、カルピスこども名作劇場の話へ、そしてヨーロッパのプログレッシブロックの話、ふくらはぎと太ももの太さの比率論などへと変遷していきました。
ますますこれは救済しなければならない魂だと思ったのか、大学生二人の勧誘は熾烈を極めましたが、残念ながら閉店の時間が来てしまいました。

勘定を済ませて店を出ようとした僕らに、おたくにあしらわれたのが気に入らなかったのか、なおも食い下がろうとする二人。「常連さんに迷惑かける客は出入り禁止」と言い出した板さんと、「うるせー俺たちゃ客だ」と言い出す二人組との間で口論が始まったようでしたが、僕らは店を出されたので、その後どうなったのか知りません。

その後は、小田急OXで酒を買って、導師のアパートで朝まで飲み直したんだと思います。

そう言えば兄が家を新築した頃、おばさん二人組が宗教の勧誘で訪れたという話もありました。兄は玄関先で焼酎を飲みながらおばさんたちの話を二時間聞いたそうで、4号瓶の焼酎が二本空いたそうです。もちろん、おばさんたちは迷える魂を救済することはできませんでした。

ともかく、酔っぱらいに布教するのは無駄だと言うことです。
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道徳的になる前に

AAの十二のステップには、自分の過ち、性格上の欠点、短所という言葉が出てきますし、埋め合わせ(謝罪、賠償)という言葉も出てきます。

だから、ステップを見た人たちの中には、AAは道徳的なプログラムで、品行方正になるのが目的だと思う人がいます。そのことを大いに励みにする人もいれば、それを嫌う人もいます。

でも、ちゃんとしたAAスポンサーならば、スポンシーが「ともあれ道徳的に」生きようとしたら、まずそれを止めるでしょう。

僕らの多くは、アルコールが生活に及ぼす害が大きくなってきたときに、もっと道徳的に生きようとしたはずです。中には、酒のことをとやかく言われたくなかったからこそ、トラブルが起きないようにとりわけ気を使ってきた人もいるでしょう。
でも、どうであれ道徳的に生きることはできなかったからこそ、AAにたどり着いてしまったのです。これは認めざるを得ないでしょう。
「自分を道徳的に律する力がある」という幻想はまず捨てないといけません。

道徳的である前に、まず自分自身であらねばなりません。自分は本来こういう人間だというイメージに沿って生きることです。

しかし、ここで気をつけなければならないのは、「自分は本来こういう人間だ」というイメージは、実は他者から「あなたはこういう人間であることを目指しなさい」と押しつけられたイメージである可能性です。
たいていは、子供の頃に親に押しつけられたものがあります。
僕も、僕の親は普通の愛情ある親だったという自己欺瞞が長くありました。その押しつけられたイメージどおりに生きられていたら苦しまなかったのでしょうが、能力が足りなかったか、はなから絶対無理な目標を背負わされたか、その通りには生きられなかったのです。

だから、それも取り除いて、自分自身であろうと努めます。誰かを満足させるためではなく、本当に自分のしたいことに時間を使うよう努めます。

ところが、そうやっていろいろ取り除いていくと、本当に自分のしたいことが見つからず、自分自身が空っぽであったりします。そんなときには、「自分探し」で時間を費やしたりせず、とりあえず目の前にあることをこなしていけば良いと思います。それが僕の場合、仕事だったり、家事手伝いだったり、AAの共同体だったり、そのほかあまり道徳的でないいろいろだったりします。

とりあえず足下に転がっているガイダンスに従って行けば、そのうち道徳的に生きられるんじゃねーかな、という感じです。

AAは清く正しく美しく生きるためのプログラムだ! なーんて言葉を聞くと、登山初心者がヒマラヤに登ろうとするのに似た危うさを感じます。

日曜

長野のAAには日曜集会というのがあります。第五日曜日がある時には、その日に地区委員会と、合同ミーティングをやります。日ごろ地区委員会には無縁な人たちにも、オブザーバーとして委員会に参加してもらい、委員会の様子を知ってもらうのもひとつの目的です。
それから、都道府県を面積の広い順番で並べると、北海道、岩手県、福島県、長野県となります。長野県も結構広く、県内でAAが地理的に広がって行くにつれて、同じ地区のメンバーなのに滅多に会わず、一緒にミーティングをしたこともないという人が増えてきたので、交流のための合同ミーティングをしています。
これがあるおかげで、かろうじて顔と名前を覚えている相手もいますから、僕は大変助かっています。

今日は久しぶりに人数の多い日曜集会でした。少々疲れて帰宅すると、妻と子供も市民プールに行ってお疲れでして、夕食を作る責任を押しつけ合ったりすると、さらに疲れが増しそうだったので、回転寿司に行くことにしました。
早々に風呂を済ませて出かけると、児童センターの前で交通整理をしています。そういえば今日は投票日だと気が付きました。いつもは投票の整理券の葉書が届くと冷蔵庫に貼り付けておくのですが、今回は家族の誰も葉書を受け取った覚えがありません。きっと誰かが我が家の郵便受けから葉書を抜き取って、かわりに投票してくれたに違いない、という結論に達して、そのまま寿司へ向かいました。

行儀良くしたくないのに、行儀良くさせられている子供は、行儀良くしない別の子供が気に入らなくて仕方ないのだ、と心理学の先生の本に書いてありました。子供時代に十分に好きなことをして遊んだ子供は、大人になって労働がそんなに苦痛だとは思わないわけです。
子供時代から「何かをさせられている」と感じている子供は、大人になっても働いたり家事をする事が辛くてたまりません。そういう人は、仕事をさぼったり、家事をさぼったりしている人間を容赦なく責め立てます。世の中の人間は、皆が辛い労働に耐えているのだと思っているのですから無理もありません。
働くことに喜びがある、というのは建前であると信じてるのでしょう。

AAの中には生活保護で暮らしている人たちもいますが、そういう立場の人に対して必要以上に辛く当たる人ってのは、自分が働くのも生きていくのも辛くて仕方ない人たちなのでしょう。

AAミーティングも行きたくないのに、いろんなしがらみで行かざるを得なくなっている人も、ミーティングをさぼる人間を責め出すと容赦がないです。

ミーティングに行って仲間やハイヤー・パワーと交われば、生きることが楽になるのに、サボってわざわざ辛い人生を選ばなくてもいいのにね・・・てのが、回復した感じ方なのではないかな、と思ったり。

集合知

集合知という考え方があります。

たとえばメーリングリストでは、同じことに興味がある人たちが、様々な話題をメールで交換します。時には意見が対立して、激しい口調の文章が頻繁に投稿されるフレーム(議論の炎上)という現象が起こります。フレームでは、たいてい議論は平行線のままで結論に収束しないまま終わるものです。
フレームに発展しなくても、話し合いは平行線のままってことは、よくあります。メーリングリストに100人が参加していれば、そういう話が100人に毎回送られるわけです。

決着が付かなければ意味がないと思っている人は、平行線の話し合いに意味を見いだしません。とりわけ、何もかもコントロールしたがるアル中さんは、相手が自分の意見に従ってくれないことに、大きな不満を持ちます。意味がない無駄なことだと考えがちです。

話題にならなければ、個人の知(知恵とか知識)でしかなかったものが、話の交換が皆に届くことで、その集団の知に変わっていきます。これが集合知という考え方です。集団の知というものは、一様ではないもので、なかに様々な意見の相違を含んでいます。一様であればよいわけでもありません。

集団にはメンバーの入れ替わりがあり、個人もなかなか進歩しないものですから、たとえばフレームであれば、似たようなフレームが繰り返し起こります。だからくだらないと言う人もいますが、このプロセスそのものが集合知の有り様だと思います。

ネットの掲示板でも、あるいは自助グループでも、同じトラブルが繰り返し繰り返し起こります。AAのビジネスミーティングや委員会で何を決めても、2〜3年もすればすべて忘れ去られ、また同じことを話し合っているのが通例です。

それを進歩がない無駄な行為だと考えがちです。でも繰り返しに意味があるんだと思います。個人のステップでも、同じことに繰り返し気づきます。気づいて自分を変えても、いつの間にか元に戻っているということです。それでも、気づきと変化には意味があります。グループにとっての伝統も同じでしょう。
どれだけ進歩したかという量ではなく、どちらへ向かっているかという方向性が大切です。

回復のためのミーティングでは、議論を避け「言いっぱなしの聞きっぱなし」にするというのも、集合知を作るための知恵でありましょう。

議論に決着が付かない、白でも黒でもない、あいまいなまだら模様の状態を受容していきましょう。

分からないことの良さ

AAというのは「なんだかよく分からないところ」であります。
その、分からなさが良い点なのでしょう。

分からないままでも参加していれば、だんだんおぼろげに分かってくるものでしょう。最初は難しいことは要求されません。簡単な提案がされるだけです。例えば、休まずにミーティングに通うことなどです。
ある程度分かったようなつもりになってくると、必ず次の課題が見つかってきます。そうやってゆっくりと進んでいきます。

依存症からの回復はゆっくりとしか進まず、時にはぶり返しも伴うものですから、ゆっくり進めるのは良いことだと思います。

「分からないからいいんだ。分かったら飲んじゃう」

というのがスポンサーのスポンサーから伝わってきた言葉です。

AAの中で人より秀でる必要はありません。なにも世の中全般の競争原理を、ここまで持ち込んで生きなくても良いのです。でも優等生タイプにはそのことが分からないようです。彼らは、他のメンバーに追いつき、追い越すことを自分に課しています。

いろいろなことが分からないでいるうちは、一見謙虚に人の言葉に耳を傾けていますが、やがて2〜3年もすると「もうAAに学ぶべきものは何もない」とでも言いたげに来なくなってしまいます。彼らは「分かってしまった」のです。

しかし、彼らがその後また飲んでしまうことをみると、どうやら彼らも実は何も分かっていなかった、というのが真実でしょう。

ゆっくりと、分からないままに進んでいけば良いのだと思います。

約束

AAにつながりたての頃、スポンサーから言われたことのひとつに

「できない約束はするな」

というのがありました。
例によって、なぜなのか、という理由は添えられていませんでした。理由なんてものは、あとになれば分かるものだから説明するまでもない、というスポンサーシップでしたから。説明してもらって、納得できないからやらない、というのなら理由なんて聞くだけ無駄です。

いま考えると、

・無理な約束で苦労して、あげくに相手を恨むようなことはするな。
・できないことはできない、自分の能力の限界を知れ。
・相手の役に立たないからと言って、人に愛されないわけではない。
・相手の病気を手助けするようなことはするな。

などなど、いろんな意味があったように思います。

それまで、AAの各種イベントに誘われて「行きます」と言っては行かずじまいだった僕ですが、スポンサーからの提案に従って、その後の参加はすべてキッパリお断りしていました。長野県のAAのオープンスピーカーズも、そのころは毎年田植えと重なっていて行けませんでした。AA優先にしたかったのはやまやまでしたが、父が亡くなり農作業の手順が分からないままに、母・兄・僕の3人でぎゃあぎゃあ騒ぎながら、なんとか米を作り続けていた頃です。

ある年の田植えの日の午後に体が空いたので、地区のイベントの会場に行ったら「夏に安曇野でイベントをやろうぜ」という話になって、そのまま実行委員会に参加して、それが僕のAA初イベントでした。

県内のイベントですら、そんな低頻度の参加でしたから、県外のAAイベントに参加するのは、もっとずーっと後になってからです。

いやいや、記憶が間違っています。群馬のラウンドアップへの参加は1年目でした。それにイベントではないですが、岐阜高山の日曜の普通のミーティングに行ったこともありました。でも、そういうのは誘われて約束があって、というわけじゃなく、自分で決めていましたね。

スポンサーは晴れがましいAAイベントが嫌いでしたし、その点は僕も同じで、立派な垂れ幕が下がっているのよりは、手書きとかのが良いし、さらにそれも省略して、ただ壇上でスピーカーが話をしているだけなんていう質実剛健なイベントが、一番好きであります。

まだ表紙がモノクロだった頃のBOX-916(AAの機関誌...

まだ表紙がモノクロだった頃のBOX-916(AAの機関誌)に、「いくらハイヤー・パワーだなんだと言ってみても、最初の一杯に手を付けないのは、意志の力ではないのか」という投稿が載ったことがあります。

BOX-916がAAの月刊誌ではあっても、AAの統一見解が載っているわけではなく、ひとつのトピックに対して様々な意見が載るのが通例です。その時は、「やっぱり目の前の一杯を我慢するのは意志の力だよ」という意見が多かったような気がします。

いま僕の職場の機材用テーブルの上には、缶ビールが10本ぐらい載っています。お中元で届いたものを、職場メンバー全員に配ることになったのですが、僕のように家族を含めて誰も酒を飲まない人もいれば、外では飲んでも家では飲まない人も多く、大部分がそのまま放置されています。
職場では冷房嫌いな人も多く、この暑さでも一日エアコンを入れずに終わることもしょっちゅうです。ネクタイや作業着の着用が義務づけられている職場ではないので、涼しい格好で乗り切っています。きっとサングラスにアロハに短パンにビーチサンダルで出社しても、誰もなにも言わないでしょう。
いくら涼しい格好をしても、暑いものは暑いままです。
そしてふとテーブルに目をやると、そこにはスーパードライの缶の銀色の輝きが・・・。発泡酒や最近の新しいビールは味を想像しようとしてもできませんが、スーパードライにはさんざんお世話になりました。飲みたくなって当然であります。

それを飲まないのは意志の力だと思います。でも、意志の力が働くのは(酒に関しては)正気だからです。
ところが、一般人に紛れて暮らしていると、いつか「どうせ余っているビールなんだから、僕がもらって帰って飲もう」とか、「あのビールには手を出せなかったから、かわりに自動販売機で冷えたヤツを買って飲もう」とか思ってしまう可能性が大です。つまり狂気に支配されてしまうわけです。狂気に支配されているときには、意志の力は働きません。

目の前の一杯を飲まないのは意志の力かもしれません。でも、意志の力がきちんと働く状態を保つには、AAプログラムが必要です。

へろへろ

なんだかんだで忙しい週末でした。
オールスターゲームは二試合とも見られませんでした。9回を9人の投手で豪華リレー、中日をクビになり楽天に拾われた38才山崎のホームラン、打ち込まれてもストレートを投げ込み続ける18才田中まーくん。テレビで良いから見たかった。

さて。

以前ある教会の部屋をAAミーティング会場としてお借りしていた頃、そこの牧師さんや、信者さんたちと話をする機会がありました。僕はキリスト教徒ではないので、それまで牧師という職業の人が、どんな暮らしをしているのか、全く知りませんでした。

いろいろ話を聞かせてもらった中で、今でも印象に残っているのが、牧師さんは日曜日にする説教のために、週日に勉強をするという話です。それまで僕は、聖職者は聖書の内容をすべてそらんじていて、神学校を出たあとは勉強なんてしないのだと思っていました。正直にそう話すと、「言葉によって人を救うのだから、言葉の力を磨くのは当然である」と教えられました。

AAのスピーカーズ形式のオープンミーティングは、壇上から聴衆に語りかける形式になります。その時のスピーカー(話し手)の話の巧拙は、問題とはされません。AAのミーティングは、スピーチコンテストではないのですから。説教とも違いますけどね。

僕は「こちらを向いて」つまり聴衆の方を向いて話した経験はあまりありません。地区のオープンスピーカーズで1回。山梨と新潟で各1回。ビッグブック関係の集まりの壇上に2回。選挙でのいわゆる演説が1回。あるグループのスピーカーズで1回。話すのは下手な方ですから、回数も多くありません。

メンバーの中には、あちこちで頻繁にスピーカーして経験を積み、聴衆に耳を傾けさせる話をする人もいます。そういう人の能力は素晴らしいと思います。けれど自分もそうなりたいとは思いません。努力すればなれるかもしれませんが、それは得意な人に任せておけばよいことで、自分には他の責任が割り当てられていると思っています。なにせ僕の時間は有限です。100人の前で素晴らしい話ができる能力と、初めてAAに来た人の緊張をほぐす雑談ができる人と、どちらが優れているというものでもないでしょう。

でも、例の牧師の話もあり、なにも努力しないのを「ありのまま」と言っているわけにもいきません。自分にスピーカーの順番が回ってきたときには、事前に原稿を用意したり、前の晩に練習したりしています。それには、自分を良く見せようという気持ちも入り込んじゃっているとは思いますが、概ねはコミュニケーションの障害を取り除く努力を怠ってはいけない、という信条によるものです。

とは言え「あの時は原稿読んだんだよね」と言われると、ちょっとハズい。

アル中は意志が弱いのか

意志が弱くて酒がやめられない、という話は良く聞きます。
アルコール依存症の人は、本当に意志が弱いのでしょうか。

マット・スカダーの一節にこんな文章があります(記憶に頼っているので、文章は正確ではないです)。

「もし、(体調不良の)原因が酒だと分かっていなかったら、私は間違いなく救急車を呼んだだろう」

依存症という病気がひどくなれば、まさに救急車を呼びたくなるような具合の悪さが、毎朝襲ってきます。それでも、布団から身体を引っぺがして仕事に行きます。もし仕事に行けないとなると、その原因は酒であり、酒をやめるか控えるかしなさいと周囲から言われる羽目になるからです。なんとか酒を飲める生活を続けたいという願望が、重病人(?)を日々の活動に向かわせます。なんという意志力の強さでしょう。飲んでいた頃のあの能力を、いま発揮できたなら、きっとインフルエンザの高熱でも普段と同じ生活ができるでしょう。

かように依存症者の意志の力は強いものです。逆に言えば、それだけ意志の力が強い人たちでも、意志の力ではやめ続けられなかったということです。

意志が弱くて酒がやめられないという発言は、実は酒をやめたくない気持ちを、意志の弱さという言い訳でごまかしている場合が多いものです。周囲から「意志が弱い」と言われたりするので、よけいにその口実が使いやすくなります。

あんなに苦しくても頑張って酒を飲み続けてきた、病気の影響とか、単なる意固地と言ってしまえばそれだけなんですけど、意志の強さもあるでしょう。意志の弱い人間なら、依存症になる前に苦しさに負けて酒をやめてしまいますよ。きっと、たぶん。

今昔

この雑記を書き始めてから、あとひと月で6年になります。
ネットで日記を書くのも初めてではなかったし、ホームページも「心の家路」以前にいくつか作ってはつぶしていました。「これもいつまで続くやら」と思いながら始めたものです。

当時と今を比べると、ネットワークを取り巻く環境は大きく変わりました。
今ではブロードバンドの24時間常時接続が当たり前になっていますが、当時はまだ電話回線にアナログモデムをつないでダイアルアップ接続するのが普通でした。回線の太さも、現在の100分の1から、1000分の1ぐらいで、ホームページに画像がたくさん貼り付けてあると、表示し終わるまでに何分もかかったりしました。
「心の家路」が極力画像を少なくして、テキスト中心にまとめてあるのは、イライラせずに読んでもらうためにはシンプルにする必要があったからです。

先日埼玉へ出かけたときには、年に何回かしか使わないPHSカードを持って行きました。パソコン用モバイル通信では、まだまだPHSに頼らねばならない場面がたくさんあります。公衆無線LANは使える場所を探すのが面倒です。都内へ行けばイー・モバイルだとかライブドアとか、選択肢もたくさんあるのでしょうが、16号の外側に出てしまうと寂しい限りです。

国立女性教育会館の宿泊棟は、市街地からかなり離れているので、PHSも何度もダイアルし直してやっとリンクが確立するぐらいの弱い電波しか届いていません。64Kbpsで接続したと表示されていましたが、実際の転送速度はアナログモデム並みまで落ちていました。それであちこちのサイトを見に行ったのですが、多くのサイトがブロードバンド接続で見ることを前提にしているのでしょう、PHSでは重くて重くて。ブログも画像部品を多用してデザインしてありますし、新聞社のサイトでも100個近い画像があったりします。でも携帯電話専用にデザインされたページは軽くできています。

パソコンでネットにつなぐ人よりも、携帯電話でネットを覗く人の方が多くなったという調査がありました。パソコンと携帯と両方持っている人でも、携帯電話でネットを見ている時間の方が長くなったという調査もありました。

「パソコンはブロードバンド接続でリッチなページ、携帯はパケット数節約のためにシンプルなページ」という流れがあって、PHSとノートパソコンなんていう組み合わせは、時代に取り残されつつある印象です。でもWiMAXより、次世代PHSに期待します。
プロフィール

ひいらぎ

Author:ひいらぎ
飲まないアルコール中毒者の、ドライドランクな日常。
AAメンバーとして、ネット上でアディクション関係の情報をすこし発信。

本サイトは「心の家路」。

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