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ネット上での無名性とは

『アノニミティをご存じですか?』 - Understanding Anonymity

というパンフレットに、インターネットに関する記述が追加されたので転記しておきます。訳はテキトーにでっちあげたものです。

Q. I maintain an Internet Web site and also belong to an online meeting. At what level should I protect my anonymity on the internet?

問.私はインターネット上でウェブサイトを維持したり、オンラインミーティングに参加しています。ネット上では私のアノニミティ(無名性)をどの水準に保てばいいのでしょうか?

A. Publicly accessible aspects of the Internet such as Web sites featuring text, graphics, audio and video ought to be considered another form of “public media.” Thus, they need to be treated in the same manner as press, radio, TV and films. This means that full names and faces should not be used. However, the level of anonymity in e-mail, online meetings and chat rooms would be a personal decision.

答.公共からの利用しやすさを考えると、インターネット上で文字、グラフィック、オーディオ、ビデオを扱うウェブサイトなどは「公のメディア」の一種と考えられる。したがって、新聞、ラジオ、テレビ、映画、ビデオと同様に取り扱うべきである。つまり姓名(フルネーム)や顔を出すべきではない。一方、電子メール、オンラインミーティング、チャットルームおいてアノニミティ(無名性)をどの水準に保つかは、個人の判断にゆだねられるべきである。

The arrival of new media technologies such as the Internet has offered new vehicles to carry the A.A. message to the public. A.A. members continue to preserve their anonymity in these new public media.

インターネットなどの新しいメディア技術の登場は、AAメッセージを広く一般に運ぶ新しい伝達手段を提供しつつある。こうした新しい公共メディア上でも、AAメンバーはアノニミティ(無名性)を保ち続けている。

press, radio, TV, films(新聞、ラジオ、テレビ、映画)という従来からの言い習わしに加えて、new media technologies such as the Internet(インターネットなどの新しい技術メディア)が続くようになっています。

遺伝と環境

病気の原因には、遺伝と環境が挙げられます。
もともと高血圧になりやすい体質を親から受け継いだ上に、塩分の多い食事やストレスの多い職業を選ぶなどという条件が揃うと高血圧になります。同じように味の濃い食事を食べても、高血圧にならない人はなりません。なりやすい体質を持って生まれた人でも、食事などの環境に気をつければ、高血圧になりません。

アルコール依存症の人の子供が、親と同じように依存症になりやすいことは知られています。ただこれが、遺伝によるものか、環境によるものか、という話がありました。

機能不全の家庭で育った子供が、大人になっても満たされない心を抱え、その満たされない心をアルコールで満たす習慣を深めた上でアルコール依存症になってしまう、というひとつのモデルがあります。親がアルコールに溺れていては、家庭がうまく機能しないのも当然です。たとえ親の飲んだくれ期間が比較的短かったとしても、子供の心に不全感を植え付けるには十分です。なので、依存症が親から子に受け継がれるように見えるのは生育環境によるもので、遺伝は関係ないと考えることもできます。

何年か前、アメリカと北欧で、これを確かめる調査研究が行われました。遺伝的に同じ一卵性双生児で、なおかつ養子になった(ならなかった)人を調査したのです。結果は、遺伝上の親がアルコール依存症である子供は、そうでない人に比べて10倍以上依存症になりやすかったのです。これを聞いた頃にネットで探したらアブストラクトが見つかったので、いまでも見つかるかも知れません。

そういった研究が重ねられるにつれ、依存症の人の子供は、大人になっても酒を飲まないのが最善であるという主張がされるようになりました。なにしろ、酒さえ飲まなければアルコール依存症は予防できるのですから、いわゆる生活習慣病に比べればはるかに防ぎやすいのです。(もちろん、ギャンブルとか買い物とか、セックスとか薬などの依存症にならないとも限りませんが)。

もちろん、他の病気と同じように、遺伝するのは病気そのものではなく「なりやすい体質」ですから、アル中の子供が飲んだからと言って全員アル中になるわけじゃありません。親も親族も誰もアル中でないのに、なぜか当人だけというケースもあります。だから、子供の自由だと言ってしまえばそれまでです。

でも、酒など飲まなくても、世の中を生きていくのに不自由しないのは多くの「飲めない」人が証明しています。お父さんはお酒でこんなに苦労した。その体質をお前も受け継いでいるのだから、飲まないのが一番いい、と言ってあげるのが親の責任であるように思います。

アメリカには「じいちゃんも、とうちゃんも、AAメンバー」という3代続けてのAAメンバーもいるそうです。そこまで極端でなくても、「俺は親父を憎み、親父のようにならないと言いながら、大人になったら親父とまったく同じことをしていた」という、笑っていいのかどうかわからない話も結構あります。そんなリスクを負ってまで飲むべきものだとは思えません。

ただ、もう酒の味を覚えちゃった成人した子に酒をやめさせるのは、まだアル中になっていなくても難しい、とはよく言われることでもあります。

逃げ道がない

僕は若い頃一人暮らしをしながら酒を飲んでいた頃に、すでに十分酒で苦しんでいたのです。生活がダメになっていることは重々承知でしたが、それでも「やめられない」のではなく「自分が飲む方を選んでいるだけ」、つまり自業自得だと思っているうちは、それほど苦しんでいなかったとも言えます。

しかし、苦しいことは苦しくて、自殺未遂をやらかし、それが原因で長野の実家に戻ることになります。さらに3年後には「アルコール依存症」という病名をもらいます。その前後から、家族や職場の人たちからの「お前は飲んではいけない」という圧力が高まってきました。

そうなってくると苦しさ倍増(当社比)といったところでしょうか。

おおっぴらに飲んでいれば叱られるので、陰でこそこそ飲むようになりました。飲んでいるのに「飲んでない」というウソも平気で言うようになりました。買ってるはずのない酒を買っているので、金も足りなくなります。飲んでいるところは隠せても、飲んで寝ているところは隠せないので、寝ているときもびくびく寝ていました。
わかったよ、うるせーよ、俺だってやめようとしてんだよ、てなことを思ったり言ったりしていましたね。誰かに「お前は酒飲んで寝てていいよ」と言って欲しかったものです。もちろん誰も言ってくれやしませんでしたけど。

飲んで起こしたトラブル以上に、やめられないのが苦しい。自分をコントロールできないってことが、いかに人間の尊厳を傷つけることか。

が、だからこそ良かったとも思います。苦しさ倍増だったからこそ、苦しみの時間は半分で済んだのかも知れません。

たまに家族の人から(妻が、夫が、父が、母が、子が・・)酒を飲んで○○で××なので、どうしたらいいでしょう? という相談を受けることがあります。精神科を受診して・・という型どおりの返事をするのですが、最近はひとつ添えていることがあります。

「飲んでいる本人以外の家族が、<お酒をやめて欲しい>という思いで一致すること」を勧めています。お酒をやめて欲しいが、とりあえず暴力だけ止まってくれればいいとか、仕事してくれるだけでもいい・・という逃げの余地を作ってしまうと、お酒という原因が解決されません。「お酒をやめて欲しい」という言葉が、本人を苦しめるわけで、さらに荒れることになるかもしれません。でも、そこをお茶濁すわけにはいかないでしょう。

AAという信仰

ビッグブックには、熱心なAAメンバーは無神論者であっても、結局は最後はどこかの宗教にはいるのを好む、と書いてあります。日本のAAの初期の頃の人たちには、カトリックに改宗した人たちが多かったと聞きます。メリノール宣教会というカトリック伝道集団が、日本のAAの誕生に深く関わっていたことと関係あるのでしょう。
改宗した人たちは、スピリチュアルなものを宗教のほうから(も)得ていたはずだ・・と僕は思います。もちろん彼らも宗教の話はしない、という約束を守っていましたから、本当のところどうなのかは確かめられません。
こうした改宗は第二世代(?)ぐらいまでに受け継がれたようですが、その後は傾向が弱まります。おそらくは1980年代後半から起きてきた「AAをより純粋にAAにしよう」という動きと関係があるのでしょう。それは・・・あくまで想像ですが・・・日本のAAメンバーからスピリチュアルなものが失われ、世俗化していった時代だったのかも知れません。

「AAは宗教ではない」と強調する人がいます。

それが「AAは何かを信じることを強制しない」とか「AAは特定の宗教を応援しない」という本来の意味で使われるのなら良いのです。もちろん、そう言う意味で使っている人は沢山います。

けれど中には「AAそのものから、宗教と同じスピリチュアルなものを得られるわけがない」という否定的な意味に使われていることもあるような気がします。つまり、スピリチュアルな尺度で測ったときに、AAよりも、伝統的な宗教のほうが常に優れているはずだ、という主張です。

もっとぶっちゃけた表現なら、「俺たちが宗教で得た霊性を、お前たち若い連中がAAの中だけで得られるわけがないだろう」という雰囲気を感じる事ってありませんか? それともそれは、僕の被害妄想かなぁ。

スピリチュアルなものを得るのに、必ず宗教に入らなければならないとは思いません。霊的な進歩は、AAか宗教かという問題ではなく、個人個人の取り組む真剣さの問題でしょう。まあ、僕もいずれどこかの宗教に属するのかも知れませんが、現状では非宗教的スピリチュアル派ということで。

一晩持たない

最初のAAスポンサーとは、電話で相談ごとをほとんどしませんでした。というか、よほど緊急でなければ、電話で相談は受け付けてくれませんでした。それでも電話をかけると「じゃあ、次のミーティングで会おうや」と言われるのが関の山でした。
週に二日は同じミーティングに出ていたのですから、長くても3日待てば良かったのです。「何年も飲んできたのだから、今さら3日ぐらい何でもないだろう」という理屈です。じゃあ冷たい人だったかというと、そんなことはなく、ミーティングが終わった後に、教会の駐車場にうんこ座りして、タバコを吸いながら30分でも1時間でも話をしてくれました。
関係ないんですけど、ジベタリアンなどという「カッコ良さげ」な言葉は気取っていて嫌ですね。僕に言わせれば、あんなのは「ウンコズワラー」です。

「だいたい用がある方から出向くのが世間の常識だろう」と言った人がいましたが、そういうものですね。

過去のスポンシーの中にも、自分が欲しい言葉をスポンサーから引き出すまで電話で粘っちゃう人もいました。スポンサーというのは、スポンシーがしゃべってくれなければできません。何か一言しゃべったら、3倍ぐらい小言が返ってくるようでは、スポンシーも話すのが嫌になってしまいますから、「うんうん、そうだね、大変だったねー」と相づちを打ちながら、話の次の展開を待っているわけです。それは別に「あなたは正しいよ」と同意しているわけじゃないんですけど。

「明日ミーティングで会おうぜ」と言って電話を切ったら、5分おきに電話がかかってくるとか、仕事を終えて自宅に帰ってみたら着信記録が20件とか。留守電は罵声ばかりとか。欲しい言葉を引き出すためには、何だってしちゃうんですね(明らかに方法が間違ってますが)。そのくせ飲む前には電話をかけて来ないのです。
スポンサーやった人なら大なり小なり似たような経験があるんじゃないでしょうか。

とは言え、僕だってぐちぐち言うための電話だってしますけどね。でも人間関係はギブ・アンド・テイクが基本ですからね。

no but

代々木の東京ステップセミナーの人数は、僕が会場にいたときには200人弱。四谷のビッグブックの集いのほうは、僕が会場に顔を出した頃は60人あまりでした。カウンターもって数えたわけじゃないですけど。

人に挨拶すると「ああ、あのネットの・・」と言われることが多くなりました。どうやら僕はちょっと「有名な」AAメンバーになってしまったようです。この好ましいとは言えない状態を解消するひとつの手段は、ネット活動をやめることです。
もう一つ、リアルなAAとネットで使う名前を変える手段もありますが、そうやって同定を避けるのは僕に似つかわしくない感じがします。メディア上とリアルライフで同定されてはいけない、とは伝統にはないからいいのかな。どんなもんでしょう。

さて、人は皆違うものであります。工業製品じゃないですから。

100人のAAメンバーを集めて、その全員に共通することを探したら、何が見つかるでしょう。全員人間であること。同じ時代に生きていること、などなど。違いを探した方がいっぱい見つかりますね。職業、年齢、性別、信条、国籍・・・。

重要なひとつの一致点は、全員が「アルコールに対して無力」であることです。ほうっておけば、アルコールのなすがままで、人生めちゃくちゃ、ってのが無力です。

逆に言えば、この大切な一致点を探さなくて、他に何を探すんでしょう。「あいつほど俺は酷くない、軽症だ」と言って安心するのも、「俺はあいつほど恵まれないから酒がやめられない」と絶望するのも、どっちも違うでしょう。

集まってやっていくためには共感が必要です。でも無力について共感できなければ、AAの中に留まり続けるのは、難しいことです。無力じゃなければ、その人にはAAが要らないことになりますから。
が、多くの人はこう言うのです。

「それは分かります。でも(but)・・・」

年中行事

予定では昨日「三九郎」だったのですが、雪雨で順延し、本日となりました。
三九郎とは、どんど、あるいは左義長と呼ばれるもので、竹あるいは木で三角錐を作り、役目を終えた正月飾りや、昨年のお守り、門松、稲藁などを燃やす年中行事です。この火で焼いた餅などを食べると、虫歯にならないとも言われます。
そもそも子供の行事であり、材料の収拾から、三九郎の設営、点火まで正月の子供(小学生)の役目であり、大人の出番は最後の火の始末ぐらいでありました。昨今のように子供が少なくなってくると、だんだんお父さんたちの手伝いが増えるようになり、しまいには子供がするのは各家を回って正月飾りを集めるぐらいで、どっちが主役なのか分からない状態となりました。子どもたちは燃えるのを見ているだけでは飽きてしまうので、お母さんたちがテーブルを出して豚汁やら焼き鳥やらをふるまったりして・・・。年中行事も様変わりです。

本当はAAの病院メッセージに行く予定だったのですが、なにせ町内に小学生のいる家は数家族しかなく、しかもお父さんがいなかったり、外国人だったりする家もあって絶対数が不足するため、AAのほうは仲間に甘えることにしました。

その昔(たぶん江戸時代とか)三九郎は夜半子の刻に燃やすものだったそうです。僕の子供の頃は夜8時とか7時とかに早まっていました。昨年は夕方5時点火でしたが、今年は「日が暮れると寒いから」という理由で午後3時の明るいうちの点火になりました。
昼間燃やすのは風情がないのですが、寒くないのは助かります。市内では正午に燃やすところもあるのだとか。お手軽にしなければ伝統行事も維持できないのが実情です。

昨年まで子育ての話をしていた奥様たちが、今年はお受験の話をしていました。demands を満たすのが人生とはいえ、次から次へと課題がやってくるものです。我が家は私立へ行かせる金はないので、勉強して公立へ行って欲しいものです・・それも親のわがままか(地元には私立の進学校はありません)。

ミーティングにおける本当とウソ

今日はミーティングの人数が少なめでした。地区委員会があったり、仕事やプライベートで忙しい人も、回復のために東京に行っている人もいましたから。少ないと言っても、8人いましたけど。

さて、最初は何はともあれミーティングに行くことは必要だと思います。いままで、どんなに飲んだことを反省しても、最後にはまた飲んできたのです。だから、反省は役に立ちません。いろいろとやり方を変えてみて、自分なりに努力してみたものの、でもやっぱり最後には飲んできたのです。だから、自分の考えでやっているうちは、結果はゼロだったのです。少なくとも「飲む、飲まない」という点では、結果はゼロでした。
だから、自分の家や職場でいくら考えたところで、飲まない力は付きません。そこはミーティングに通うしかありません。

が、通えば何とかなるか、というのも実は結構ビミョーだったりします。

だって、AAミーティングには「こういう話をしなさい」という縛りはなく、自由に自分の考えを述べていいのです。だから、話されているのはその人の考えです。その人の考えである限りは、それも「役に立たなかった自分の古い考え」である可能性があります。

端的に言って、AAミーティングで話されていることには、真実とウソがあります。よく「ミーティングでは自分の経験を話しなさい」と言われます。経験はウソをつかないですから。でも、脚色、歪曲、自分の解釈ってやつで、どんどん経験談にもウソが混じり込みます。もちろん、話している人はそれがウソだなんて思っていやしません。ただ、その人の信じていることが間違っているだけです。

真実でない人の話や意見を信じてしまうと、信じた自分が飲む羽目になりますから、真実とウソは見わけないといけません。でも、それは難しいですね。

ミーティングで話されていることが、ノイズ混じりの生のデータだとすれば、そこから真実を選り抜いていく作業は、まるで科学者の研究のようなものです。つまり、相当頭の良い人でなければ、ミーティングに通って人の話を聞いているだけで、真実をつかみ取って回復することは難しいのです。時間もかかりますから、つかむ前にまた飲んでしまうかも知れないし、死んでしまうかも知れません。

だからこそ、スポンサーとか本というものが大事なのです。僕は頭が良くないので本を頼ります。そしてミーティングで人の話(生のデータ)を聞くと、「おお、本に書いてあることと同じだ、なるほどなるほど」と思うわけです。

だいたい、アルコホーリクの頭は「違い探し」が得意で、ノイズ混じりの生データの中から「ノイズばっかり拾い出す」のがお得意なんです。

バイトについて

酒で生活が破綻してしまって、今日食う米にも困っているなら生活保護しかないと思います。僕は、みんなから集めた税金を生活保護費に使うのは、悪くない税金の使い方だと思います。無駄に使われてるとしか思えない税金もたくさんありますからね。

じゃあ、働かなくてもいいかっていうと、できれば働いた方が良いと思います。
それは早く働いて、生活保護費をもらわずに「経済的に自立?」しなさい、と言っているのではありません。

生保を受けながらアルバイトしても、稼いだぶんだけ保護費を減らされるので収入は増えず「アルバイトなんかするだけ損だ」と言われます。こっそりアルバイトして保護費は満額もらうという不正もあるので、アルバイト自体が好ましく思われていないようにも思います。

けれど、依存症以外の病気とか、その他さまざまな理由で働けないのならいざしらず、働ける年齢の人が、毎日アパートで一人ゴロゴロしていて、夕方だけAAミーティングに出かけるっていう生活はどうなんだろう? って思います。

アル中って人間関係の病気ですから、人間関係を減らしていけば、(つまりアパートで一人でいる時間が長ければ)表面上起きる問題も減ってきます。それでなんとなく回復しているような気になってしまうのですが、実は何も変わっていないので、ちょっとしたトラブルが酒への引き金になったりもします。

人間関係のごちゃごちゃを起こす自分を見つめる作業ですから、金にならなくてもアルバイトした方が回復の役に立つと思いますし、ミーティングで人にも自分にも役に立つ話ができます。金が目的じゃなくて、回復のネタです。

ダメならすぐにやめられるのもバイトの良さです。もちろん、仕事があって休職中の人がバイトするのは不正ですからダメです。一日3回のミーティングの人は、仕事なんかまだ早いです。

年金暮らしをしていたAAメンバーが、いきなり働きだしたので理由を尋ねたら「家で一人でいるとどうも良くない」と言っていました。確かに働きだしてから、その人は良い方に変わったというのが皆の評価です。長いソーバーの人ですら、こうなのですから。

女にバカにされたくない?

「セックスは好きだけど、女は嫌い」っていう男はいっぱいいるでしょうね。

体が大人になるとセックスの相手が欲しくなります。
その相手は生身の女が望ましいわけで、ビニールの人形で良いわけがありません。ところが、生身の女には感情も自我もあるので、自由に操ることができません。

テレビ番組で、お見合いをしてもなかなか相手に恵まれない、という男性のためのセミナーを取り上げていました。その講師の女性が、男性たちに徹頭徹尾たたき込んでいたことは「そのままのあなたを男として愛してくれる女性は、世の中にたった一人、あなたの母親だけです」ということです。おお、確かに母の愛は偉大なり。
息子がたとえ、女を見下すようないけ好かない男であろうが、自分のことですら自分でしない怠け者であろうが、プライドばかり高くて思いやりがない男であろうが、母にとって息子は一人の男です。ところが、世の中の女性は息子になる男性を捜しているわけじゃありません。
男の中身が変わるのが一番なんですが、それは簡単な話じゃないので「せめてお見合いの間ぐらいは<良い人>にみせなさい」というわけです。

生身の女を相手にしていれば、逆に見下されることもあるし、やって欲しいことをしてくれないばかりか、して欲しくないことばかりやってくれたりします。それは男女の別なく「人間てそういうもの」なんですが、親離れしていない男は母親像を女に投影してしまうので、その違いばかりに目がいってイライラすることになります。

「過去自分はモテたんです」という人の話を聞いてみても、実はモテたのは学生時代だったりします。学生時代ってのは特殊環境なんですよ。年頃のオスとメスを教室っていう檻のなかに閉じこめてあるんですから。ペットだって、そうやっとけばたくさん子供を産むでしょう?
男女混合のアルコール病棟で、恋愛に走って治療にならないので二人そろって強制退院とか、入院するたびに新しい相手ができるとか・・こういう話と、学生時代モテモテ話は五十歩百歩であります。社会人になって、自由選択市場にでてから、どれだけ実績があったかですよ。

ありのままの自分を受け入れてください、って言う方が無理なんです。

え? お前はどうなんだって?

僕は、セックスも好きだし、女も好きですよ。
プロフィール

ひいらぎ

Author:ひいらぎ
飲まないアルコール中毒者の、ドライドランクな日常。
AAメンバーとして、ネット上でアディクション関係の情報をすこし発信。

本サイトは「心の家路」。

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