最初の一回

さすがに月末はちょっと忙しくて、雑記を書いている暇がありませんでした。

さて、ビッグブックを使ったスポンサーシップ。僕はスポンシーと向かい合って、この本を1ページずつ読んでいくことから始めています。

まず最初に「初版に寄せて」を読みます。そこを読めばこの本が、AAの最初の100人が「どのように回復したかを、まさにそれがあったとおりに伝えること」を目的として書かれたことがわかります。

原書の中では文章の一部をイタリックで強調しており、日本語版ではその部分をゴシック体で目立たせています。けれど、なぜか「初版に寄せて」の precisely how we have recovered に対応する部分は明朝体のままです。どうしてなんでしょうね?

それはともかく、これから始まるスポンサーシップでは、この本を基本テキスト(つまり教科書)として、最初の百人と同じやり方でステップに取り組んでいくことをはっきりとさせます。スポンシーを導くのは僕ではなく、この本です。だから、もし僕の言っていることと、この本に書かれていることが矛盾してたなら、ぜひ本のほうを信用して欲しいとも伝えます。

当然そのステップには、「自分なりに理解した神」を求めること、棚卸しの表を書き、性格上の欠点を探し、埋め合わせを実行し、日々の棚卸しと祈りと黙想という作業が含まれます。

スポンシーの選択肢は、最後までやり通すか、途中でやめるかのふたつです。残念ながら僕もまだまだ未経験で、きちんとこなせたスポンシーを持った経験がありませんが、それもこれから解消していくでしょう。

ステップを始めるのは、早ければ早いほど良いと思います。なにぶんスポンシーは苦しんでいるのです。かろうじて酒は止まったものの、またいつ飲み出すか分からないという不安を抱えています。酒を飲まなくても、別の依存対象に手を出してしまうかもしれませんし、それさえ自分に禁じれば死にたくなってしまうかも知れません。だから早くステップをやって、それを解消した方がいいと思います。

もちろん、その前に入院が必要な場合だってあるし、ステップが効いてくる前にまた飲んでしまっては話にならないので、ミーティングに通い続け、仲間の中にいることが最も安全な方法でもあります。

ビッグブックの使い方も人それぞれで、1ページずつ読んでいく面倒な方法は取らず、事前に読んできて話だけする人もいます。最終的にビッグブックの中に書かれた考え方・やり方が、スポンシーの頭の中に移るのであれば、途中どんなやり方でもかまわないと思います。

対応策

地球温暖化という言葉がよく使われるようになりました。
その中でもよく使われる理屈は、産業革命以降の人間生活の工業化によって、化石燃料を大量に燃やした結果、二酸化炭素排出量が増え、そのCO2の温室ガス効果によって地球が暖まっているという説です。
確かに僕の子供の頃に比べれば、気温は高くなっています。気象庁が気温に使う「平年」とは過去30年の気温の平均値ですが、この平年値がだんだん上がってきています。
人間が化石燃料を使うようになったのは事実ですし、焼き畑農業などによって森林の砂漠化が進んでいるのも本当でしょう。空気中の二酸化炭素の量が増えているのも事実です。

でも、人間の活動と、二酸化炭素の増加あるいは気候温暖化が、結びついているのかどうか、本当のところは分かりません。大きな地球の変動の一部であって、人間の活動とは無関係だという人もいます。真剣になって研究している人たちもいますが、結論は容易にはでないでしょう。

原因が何かに関わりなく、気温が上がっていってしまうと困ります。長野県内でも、気温が上がったせいで、低温を好むリンゴが不作になったりしています。より標高の高い畑へ移ろうという人たちもいます。

これが続けば、北半球の人間は北へ北へと移住していかなければならなくなるでしょう。そして、赤道付近は住むには暑くなりすぎて無人の帯となり・・。

まあ、そうなると決まったわけではありませんが、そうならないためにできることと言ったら「CO2の排出量削減」でしょう。誰が原因を作ったかとは関わりなく、策は行っていかなければならないということです。

同じように、「なぜ自分は依存症になってしまったのか」というのは、酒が十分止まってから考えればいいことで、飲みながら考えても仕方ありません。ステップだと言う前に、まず入院して酒を切ってこなくては話にならない、とビッグブックにも書かれているわけです。「飲んでいる人と酒のやめ方について話しても仕方ない」とビルも書いています。

コミック

小学生の頃は、親にねだってごくたまに買ってもらった「小学○年生」を大事に大事に読んでいました。中学生になって、自分の小遣いで週刊少年チャンピオンを買うようになりました。当時のチャンピオンには、山上たつひこの『がきデカ』や鴨川つばめの『マカロニほうれん荘』が載っていました。もちろん「あの方」の『ブラックジャック』もあったし、萩尾望都(光瀬龍原作の『百億の昼と千億の夜』もあり、吾妻ひでおも描いていました。

しばらく後に週刊少年サンデーにスイッチしました。
富士スピードウェイでF1をやっていた時期で、村上もとかの『赤いペガサス』が連載されていました。中学生のお小遣いでは、チャンピオンとサンデーを両方買うことはできず、なくなくチャンピオンを諦めたのでした。

高校生の頃に、週刊少年ジャンプにスイッチした時期がありました。鳥山明の『Dr.スランプ』、江口寿史の『ストップ!! ひばりくん!』、北条司の『キャッツ?アイ』などの時代です。

大学生になった頃は、少年マンガ・少女マンガ・レディースコミック手当たり次第に、ひと月に30冊以上マンガ雑誌を買っていました。そりゃもう読むだけでも大変でした。当時はまだ古紙の価格が高く、ちり紙交換古紙回収業のトラックが定期的に町内を回っていたので、読んだ雑誌の処分には困りませんでした。が、月に一回の資源物の日にまとめて出さなければいけなくなると、とたんに辛くなりました。

今では購入する雑誌も減り、週刊誌が一冊と、月に2回出るのが2冊だけです。これだけでも、妻からはマンガばっかりと責められています(これに子供たちのりぼんとちゃおが加わります)。

これだけ長い間マンガを読み続けていても、気がついていなかったことがあります。それは、「吹き出しの書体は、ひらがなが明朝で、漢字がゴシック」というお約束です。少年誌はほぼこうなっています。大人向けのルビ(ふりがな)のない雑誌では書体がひとつのものもあります。でも、言われるまで気がつきませんでしたね。

三十数年マンガを読み続けていても、気がつかないぐらい些細なことなんですよ・・。

普通の日曜日

スポンシーAのお母さんから電話があったものの、寝ていたので出られず、起きてから折り返しかけました。教えられたとおり「愛情を持って手放して下さい」という話をしました。

ステップ4の作業がちょっと停滞しているのじゃないかと心配になってスポンシーBに電話。ステップはドミノ倒しのようなもので、1のドミノが2を倒し、それが次に3を倒しと次々と進んでいくのが一番簡単です。途中で足踏みをしてしまうと、先へ進めなくなり、結局最初から倒し直さなければならなくなります。最初の表の話をする日程を決めました。

スポンシーCに電話。こちらは表の前に、一生を思い起こすライフ・ストーリーのタイプの棚卸しを先にやりましょうという話になっていて、もう一部は郵送で届いているので、こちらも話を聞く日程を決めました。

さて、次女は将来「ぱてしえ」になるのが夢だというのですが、いままでケーキを作ったことがありません。とりあえず一個作ってみなくちゃ始まらない・・のですが、スポンジを焼く技量はまだありません。そこで次女はケーキスポンジを買ってくることを決めたのですが、ママは「ツルヤにはね、特別な季節じゃないとスポンジは置いてないのよ」とにべもない、と泣きつかれました。
じゃあパパと一緒にツルヤに買い物に行ってみよう、という話になって出かけましたが、やっぱりツルヤにスポンジは売っていませんでした。代わりにロールケーキを一個買わされました。ロールケーキを切って並べて成形すれば、スポンジの代わりにならないだろうか・・というアイデアなんですが・・。それとパパは夜食用の200円のカップ焼きそば、次女はおやつ用の麦チョコ。
もう一軒、西友にも寄ってみることにしました。やっぱりスポンジはなく、かわりに生クリームを買わされました。
帰りに混んだ道を避けようと、回り道をしたら、そこにアップルランドという地元系の小さなスーパーがありました。「ツルヤや西友にないものが、ここにあるわけないよね」と言いながら寄ってみると、ちゃんとそこにあるではありませんか! さらにパイナップルの缶詰も買わされました。

こうして僕ら二人は、ずいぶん回り道をしながらもケーキスポンジへと導かれました。いや回り道した手間や時間より、いろいろ余計な出費が痛いような気がするんですが。その後も、やれクリームが泡立たない、やれ缶詰が開かない、と呼ばれることしきりでした。

夕方スポンシーCから電話があり、近くまで来たので一緒に晩飯を食おうと誘われ、2時間ほど出かけてきました。

返ってくる頃にはケーキが完成していました。まあ、そんな日曜日です。

さぶう

昨日は暖かかったというのに、今日は一転して寒さが戻ってきています。木造の教会をお借りしているミーティング会場は寒く、ラッシュガードを着込んでいけば良かったと少し後悔をしました。

以前は「長野のAAは冬はメンバーが減る」と言われていました。寒くなって道の状態が悪くなると、無理してミーティングに通おうとしなくなる人が増え、結果的に飲んで消えていってしまうのだと・・・。最近は、それほど顕著な差を感じません。
精神病院も、正月明け・ゴールデンウィーク明け・お盆明けはアル中さんで混み合うのが通例でした。まとまった休みに連続飲酒に陥って、家族が入院させるというパターンが多かったのでしょう。こちらも今ではそれほどでもありません。
アル中さんはやっぱり年中無休なのであります。

さて、ギャンブルについてもアルコールと同じことが言えます。

いったん飲み始めたアルコホーリクが、もうどうしようもなく「次の一杯」を追い求めるように、ギャンブルに手を出した強迫的ギャンブラーは「さらなるギャンブル」を追い求めます。この強迫性(渇望)はどちらの依存にも共通です。

そして、飲み過ぎてトラブルを起こしたアルコホーリクが「もう二度と飲まない」という後悔と決心をするように、大負けに負けた強迫的ギャンブラーは「もう二度とギャンブルはしない」という決心をします。

だが、酒をやめただけのアルコホーリクがなんとなくイライラして落ち着かないのと同じで、ギャンブルを断っただけの強迫的ギャンブラーもそわそわと落ち着かない日々を送ります。

強迫性(渇望)は、依存対象を断ってさえいれば次第に収まっていくもののようです。だからアルコール依存症の人が「もう私には飲酒欲求がない。飲もうとは思わない」と言い出したりします。だが、その人がまた酒に手を出す日が来ます。ギャンブルの人も同じです。それは意志の力を越えたところにあるのです。

たまたま依存の対象が異なっていただけで、おそらく脳の中で起きている現象は同じでしょう。だがその共通性に気がつくためには、自分の持っている依存の本質を、きちんと見つめることが欠かせないと思います。

アイデンティフィケーション

AAミーティングで話をする前に「アルコホーリクの○○です」と名乗るのが通例です。アルコホーリクという言葉の代わりに、アルコール中毒者とかアル中とかアルコール依存症という言葉を使う人がいますが、表現の違いは大きな問題ではありません。

これはもともと、"My name is ○○. I'm an alcoholic." という言葉を日本語にしたものだそうです。「これから私はアルコホーリクとして話をしますよ」という宣言だとも言えます。

これはアイデンティフィケーション(身元確認)と呼ばれ、とても大切なことだそうです。自分はアルコールに問題があるのだ、と自ら認めるのはステップの基盤になることです。それから話を聞く人に対して、どんな立場から話をするのか明確にすることで、グループの「唯一の目的」を果たす手段のひとつにもなります。

もちろんアイデンティフィケーションはAAメンバーの義務ではありませんから、かならずそう名乗らなければならないわけではありません。ただ、アイデンティフィケーションをきちんとやりたいと思ったなら、お勧めなのは「少なくともアルコールに問題があることははっきりする言い方が良い」と思います。

複数の依存を抱える人が、たとえば「アルコールと薬物依存の○○です」と名乗るのは良くないと考える人たちもいます。AAの唯一の目的はアルコールなのだから、薬物のことが出てくるのはおかしいという理由だそうです。僕の個人的考えは、そこまで厳しくはありません。他の依存のことも一緒にアイデンティファイするのはその人の勝手だと思っています。

ただ、アルコールに問題があるのかはっきりしない言い方は良くないと思っています。たとえば「依存症の○○」とか「コントロール喪失の○○」とか「クロスアディクションの」などのように、アルコールに問題があるのかどうかはっきりしない表現はいただけません。クローズドミーティングに参加の可否、オープンでも話をしてもらえるのかどうか、そういうことを他の人が判断するのに、必要な情報が含まれていないと困ります。自分のグループではそれで通じても、他を訪れた時にどうなんでしょう?

もちろん、アルコールの問題を抱えていない、他の依存だけの人がアルコールのアイデンティファイをすることはないはずですし、そういう人がミーティングに参加して話をするかどうかは、個々のグループの選択でしょうから、この話題とは別のことです。

僕はミーティングでは「アルコール中毒者のひいらぎです」で始めています。なぜ「アルコール中毒者」という言葉なのか、というこだわりはまたの機会に。

元に戻る?

1955年の「再販にあたって」を読むと、AAが広く世間一般に受け入れられていった理由をふたつあげています。ひとつは「たくさんのメンバーが回復したこと」、もうひとつは「家族関係が元に戻ったこと」です。

現在の日本のAAのメンバー数(推定四千数百人)では、たくさんのメンバーが回復しているとは言えないでしょう。しかし、そのことは良く言われることなので、改めてここで取り上げるまでもありません。

「家族関係が元に戻った」が何を意味するのかわかりませんが、原文は reunited homes なので、たとえば別居・離婚していた夫婦や親子が再び一緒に暮らすようになった、ということなのでしょう。でも、僕はそういう実例をAAの中で聞いたことがありません。

別れようかと思いながらも別れなかった夫婦が、酒が止まって時間が経ったら、関係が良くなってきたという話ならいくつも聞いたことがあります(なかなか良くならないという話も当然あります)。でもAAの他でもそういう話は聞きますから、酒が止まっていることで改善できるものなのでしょう。

別れてしまった奥さんや子供とまた一緒に暮らしたいと思っているAAメンバー男性はすごく多いように思います。けれどなかなかその願望が実現したという話は聞きません。

僕の見聞が狭いだけなのかも知れません。酒のせいでバラバラに住んでいた家族が、ふたたび一緒に暮らし始めた、というAAメンバーの話があったら、ぜひお聞かせ願いたいものです。

ただ、あまりのそのサンプルが少ないのであれば、やはり1950年代のアメリカのAAと、現在の日本のAAには、何かの決定的な違いがある、という結論になると思うのです。

予備原稿

謙虚さとは自分を小さく見せることではなく、等身大に見せることです。
自分を大きく見せることの虚しさを知ると、今度は小さく見せることが良いと思い始めます。だから、自分にも人にも「小さく見せる」謙虚さを求めます。
人が陰口を言っていれば、そんなこと言わなければいいのにと責めたくなる。それはその人に「小さく見せる」謙虚さを(自分の心の中で)押しつけているのです。誰だって陰口は言わない方が良いと知っています。けれど、だから「陰口は言わない」というのは実は謙虚ではありません。だって、本当は言いたいのに、言わないでおくのは「小さく見せる」行為ですし、人が陰口を言うのを非難したくなるのは「小さく見せる」ように強制したくなるからです。

等身大であろうとすれば、当然陰口も口をついて出るでしょう。それによって、人を傷つけ、自分の評判を落とすこともあるでしょう。でも、それが自分の姿です。実質と評判はできるだけ連動していた方が良いのであって、「小さく見せる」ことによって評判が実質より高くなるのは謙虚な生き方ではありません。

そもそも陰口を言いたくなる原因である、恨みや恐れに対処していくことが、本当の謙虚さです。

とはいえ、回復には時間がかかります。陰口は人を傷つけることも確かですから、ここでも「まるで回復した人のように振る舞う」という方法論を使うべき時なのでしょう。つまり、恨みや恐れが手放せた人が陰口を言わないように、回復していない自分も陰口を言わないように務めることです。

ただ、この方法論は対症療法ですから、それを回復だと勘違いすると、陰口を禁じられた自分がまた別の恨みを抱えることになります。やはり恨みや恐れに対処する作業はべつにきちんと取り組む必要があります。

誰かが誰かの陰口を言うのを聞くのは、決して愉快な気分ではありません。けれど、ここで「まるで回復した人のように振る舞」ってしまい、陰口は悪いことなのに、この人は回復していないなぁと心の中で断罪してしまうのは、自分は陰口を言わないから回復したという幻想に囚われているのです。

行動を変えることによって内面が変化したふりをするのではなく、内面を変化させる努力をして結果として行動が変わるプロセスを楽しみましょう。

NATTO

妻が調子が悪いと言いだして、ご飯のおかずが納豆だけになってしまいました。
僕の父母は納豆を食べない人だったので、子供の頃の僕は納豆を食べたことがありません。納豆は食べませんでしたが、とろろ(長芋のすり下ろし)は嫌になるほど食べました。
結婚してから納豆を食う羽目になったのですが、慣れるまで大変でした。外見にせよ、匂いにせよ、口の中での感触にせよ、どうも納豆は食べ物って感じがしません。やはり腐っていると表現するのが正しいでしょう。
でも、芥子をたっぷり入れて混ぜることを覚えてから、納豆もそれなりに好きになりました。

よく言われることですが、納豆を最初に食べた人は勇気が必要だったことでしょう。ゆでた豆を藁づとにくるんでおいたら、いつの間にか腐っちゃったけど、他に食べるものがないから、餓死するよりましだ・・と思って食べたのでしょうか。

なぜ納豆菌によって腐った大豆を食べてもお腹を壊さないのか、理由は僕には分かりません。おそらく別の菌で腐った豆には、お腹が痛くなる原因物質があり、納豆にはそれが含まれてないのでしょう。では、その原因物質は、なぜお腹を痛くするのか・・・。おそらくは、人間がそう進化した結果なのでしょうが、じゃあなぜそう進化したのか、というふうに突き詰めていくと、結局「わからない」という結論にたどり着いてしまうものだと聞きます。

なぜ塩はしょっぱいのか、説明しろと言われても困ります。
同じように、ステップがなぜアルコホーリクを回復させるのか、と尋ねられても、僕にはさっぱりわかりません。AAを続ければ続けるほど分からなくなってくる気がします。ちょっとくらい何か理屈をつけてみたところで、結局突き詰めれば「わからない」にたどり着くのですから・・。

慣れるまで良さが分からないのは、納豆もステップも同じかもしれません。納豆を食べたことがないのに、納豆の味を論じても仕方ありません。食った者勝ちです。そして食べたことの無い人に、納豆の味を説明しても伝わらないのも当然です。

停電とカフェイン

午前中は停電していたので、目が覚めていたのですが布団の中で過ごしていました。パソコンも使えないし、テレビも見られません。こたつもヒーターも使えないので部屋も寒くてしかたないし・・。電子ピアノを弾こうとした子供が「あっ、これも使えない」と気がついて、母屋のアップライト・ピアノを弾きにいってしまいました。

夕方ホームグループのミーティングの後、ファミレスで仲間とお茶。いつも僕はそこで食事をするのですが、今回は軽食とお茶だけにしておきました。そのぶん、ドリンクバーで紅茶のお代わりが多くなりました。

その最中から帰り道に、なんとなくイライラ感が強まり、帰宅後はさらにイライラしてしまいました。このイライラの原因は何なのだろうか・・・と考えていくと、やっぱりカフェインの摂りすぎだろうと思われます。全然眠くならないし。

コーヒーやお茶の中のカフェインも、やっぱり気分を変動させる薬物だと思います。その変動の幅はアルコールほど大きくはないのですが、何も変化しないわけではありません。年月と共に僕の体の中からアルコールの影響が薄れていき、同時に服用しているうつの薬が減って行くにつれ、カフェインの影響も無視できなくなってきています。
(血糖値による気分の変動も相対的に大きくなっています。つまり腹が減ると機嫌が悪いのです^^)。

だからと言って、じゃあコーヒーやお茶を飲まないでおこうとは、ちっとも思いませんが、飲み過ぎには気をつけようと思います。カフェインによる爽快感を強めようと、インスタントコーヒーをコップにたくさん入れ、どろどろのコーヒーを飲んでいる人の話を聞いたことがあります。人間どんな物質でも乱用できるんですね。

アメリカのAA会場には、カフェイン・フリーのコーヒーを用意しているところもあるのだとか。そういうアブスティネンスを求める人がいても不思議じゃありません。それは決して禁欲による行為ではなく、気分の外乱を避ける気持ちによるのでしょう。

まあ、僕も5年後にはコーヒーもお茶もコーラもやめているかも知れません。逆に、酒に舞い戻っている可能性もゼロじゃないわけです。つくづく困った脳みそです。
プロフィール

ひいらぎ

Author:ひいらぎ
飲まないアルコール中毒者の、ドライドランクな日常。
AAメンバーとして、ネット上でアディクション関係の情報をすこし発信。

本サイトは「心の家路」。

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