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規則 vs. 原理

実家が農家なので、一日脱穀に行っていました。

さて、緑本のp.169にある話と同じなので、そちらを読んで頂いた方が良いかも知れません。12のステップに馴染みのない人にとっては少々奇異な印象を与えるかも知れませんが、ステップに取り組んでいる人には共感を呼びうる話だと思います。

12のステップは生き方の原理なのだそうです。

誤解を避けるために付け加えると、もちろん12のステップだけが生き方の原理なのではありません。生き方の原理とされるものは他にもあります。それぞれの原理には共通する部分が多い。だからこその原理と言えます。

しかし、原理を伝えるには手間がかかります。12のステップをスポンシーに伝えるのも(何年もかからなくても)少なくとも合計数十時間はかかるでしょう。しかも、それ以前にステップをやる気になってもらうまでにも、時間がかかります。ぶっちゃけ伝える方も、受け取る方も面倒であり、もっと簡単な方法があったらそれに越したことはありません。

だから、「もっとやさしい楽なやり方が見つかるかもしれないと考え」るのは自然なことです。しかし、この第5章の文章の続きは「だが見つからなかった」であり、それこそが私たちの経験です。

原理を伝える手間を惜しみ、規則を与えることで解決しようとする人もいます。スポンシーに規則を与え、その規則を守るように伝えても、なかなかうまくいかないものです。それはアルコホーリックは、規則は破るためにあると考えるものだからです。なんとか規則を避けたり、例外を見つけたりしようとします。

『AAの伝統が生まれるまで』という冊子によれば、AAが始まったばかりの頃、多くのグループが規則作りに熱心になったそうです。ルールを定め、ルールを破った人に対する罰則を定めました。その仕組みがうまくいっていたら、現在のAAには多くのルールが残されていたでしょう。もちろん、それがうまくいくはずはありませんでした。相手はアルコホーリックなんですからね。

だから、AAはルールを廃し、12の伝統といくつかのガイドラインを残すだけになりました。これらは規則ではなく、グループやメンバーがそれぞれに判断するための材料にすぎません。規則ではなく、面倒に思えても原理(12のステップ)を伝えていくことが最も早道であることが分かったからです。

規則を与えることで解決しようとするのはAAに限りません。覚醒剤を法律で禁止して、破った人間を刑務所に入れる。しかし刑務所で生き方の原理を教えてくれるわけではないから、その人の頭の中身は変わらず、出所後も生き方は変わらずに同じことを繰り返し、ふたたび刑務所に戻る。沢山の税金が使われているのに、問題は解決するきざしがありません。飲酒運転の厳罰化も同じ悪循環を産むことでしょう。

規則を定める人は「これこれをしてはならない」と言います。しかし、どうやったらそれをせずに済むかは教えません。それができて当たり前だとしか思っていません。アルコホーリックは酒を飲んではならないと言われたことがあるはずです。どうやったら飲まないでいられるかを過去に教えてくれる人がいたら、今ごろあなたはこの文章など読んでいないはずです。

一般に、人は原理を理解できなければ規則を破るものです。だからAAは原理を教えます。原理が理解できれば、規則は要らなくなります。まあ、規則をゼロにはできないのが現実ですが、必要最低限で済むようになります。

だからAAにおいて規則作りに励む人は、AAのことを「分かっちゃいない」んです。ソブラエティが長かったり、AAのサービス活動に熱心な人の中にも、ルール作りに励む人がいますが、これも同様です。ルールを作って人に守らせることに熱心なAAメンバーもいますが、そういう人はルールを破る人に対して腹を立てずにはいられません。細かな規則の議論をして時間を費やしたりします。

ルールと呼ぼうが、規則と呼ぼうが、提案と呼ぼうがなんでも構いませんが、それを守ってくれない相手に対して腹を立てているヒマがあったら、原理を伝える方に手間を割くべきです。
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テーマ : メンタルヘルス・心理学
ジャンル : 心と身体

ロシアン・ルーレット

アルコール依存症の人には、二つの状態があります。一つは、「コントロールを失った飲酒」を続けている状態。もうひとつは、つまり酒をやめ続けている状態(「断酒」)です。

この両極端の中間もあります。飲酒のコントロールを取り戻した時期があった、という人もいますし、飲まない日々を続けているのに細かなスリップ(再飲酒)を繰り返す人もいます。けれど、長い年月の先には、「コントロールを失った飲酒」か「断酒」のどちらかに落ちついていくことになります。

何ヶ月、何年かAAミーティングに参加し続けて酒をやめたのに、その後、来なくなってしまう人たちがいます。その人たちは、その後どうなるのでしょうか?

酒を飲んでしまったがために、AAに顔を出しづらく感じ、来なくなってしまう人がいます。一方で、酒を飲まないままAAを離れていく人たちもいます。AAを離れても、人はすぐに酒を飲むわけではありません(そうであれば話は簡単なのですが)。再飲酒は、何ヶ月か、何年か、あるいは十年以上先かも知れません。中には一生飲まずに過ごす人もいるのかもしれませんが、その確率はずいぶん低そうです。

僕は十数年前に、精神病院のアルコール病棟を退院しました。同じ病棟に入院していた患者(いわば同期の仲間)は二十人近くいましたが、今でもなんとか無事にやっているのは断酒会かAAにいる人だけで、他は鬼籍に入るか、どこかの施設にいるか、飲んだくれを続けていると伝わってきます。それが、十数年という時の試練を経た結果です。

もちろんこれは、僕の周囲のローカルな結果に過ぎません。広い世間には別の傾向を出しているところもあるのかもしれません。依存症の研究の多くが、長くても数年の期間しか対象を追跡していないのが残念です。なぜなのか尋ねてみたら、調査にたずさわる医師が転職してしまうと、対象を追跡し続けることが出来なくなるからだと教えられました。確かに、開業でもしない限りは転職を繰り返すのが、今の日本の医師のありようかも知れません。

なだ・いなだは依存症を糖尿病と同じような「養生の病気」としました。一生養生を続けていかなければ再発が待っている病気という意味です。

上に書いたように、AAを長く続けていると、来なくなった人がその後どうなったかという話に触れる機会が増えます。「飲んでしまったなら、またAAに来れば良いのに」と思うのですが、そう簡単な話ではなさそうです。おそらく戻って来れなくないのには、罪悪感が関係しているのでしょう。僕自身、AAの最初の一年でスリップしたときに、ミーティング会場の敷居を高く感じたものでした。

「再飲酒したら、また断酒をやり直せば良い」という考え方があります。それは間違いではありません。飲んでしまったら、またやめればいい。

だが、「何度でもやりなおせる」という考えは間違いだ、ということはハッキリしています。それは「コントロールを失った飲酒」と「断酒」の間を自由に行ったり来たりできる、という考え方につながります。実際には、自由に行ったり来たりできません。そのことは、AAに戻って来れなくなった人たちの姿が明らかにしてくれます。彼らの中にも、もし飲んだらまたやり直そうと思っていた人がいるはずですが、いざ実際に飲んだときに、やり直すことはできなかったのです。

つまり、スリップ(再飲酒)というのはロシアン・ルーレットみたいなものなのです。シリンダーに何発実弾が入っているかは人それぞれ。たいていのスリップから素面に戻ってこれる人もいれば、次のスリップが命取りになる人もいるでしょう。でも、確率が高かろうが低かろうが、繰り返していれば、いつかは実弾を引き当ててしまいます。

「またやり直せば良い」はすでに飲んでしまった人にかける言葉です。素面のうちからそんなことを考えている人は、飲んだら自分の気持ちががらっと変わってしまうんだってことを忘れています(過去の経験から学べていない)。

次に酒を飲んだら、それっきり二度と酒をやめられず、一生そのままという可能性はゼロじゃない。ミーティングに通い続ければ、いろんなことが学べますが、長く通わないと見えてこないこともあります。これもその一つです。だからこそ、今回のソブラエティがいかに大切なものであるか。今しらふでいるからには、それを感じて欲しいと思います。粗末にして良いものではありません。

「再飲酒したら、また断酒をやり直せば良い」という考えを<自分自身に対して>思うのは、ある種の強迫観念(obsession)だろうと思います。(この場合の強迫観念とは、真実でない考えが頭を占めること)。

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研修と学会雑感

(AAメンバーとしてではありませんが)日本エイズ学会のシンポジウムで「12ステップの話」をしてくれという依頼が舞い込みました。その日は予定がすでに入っていたのでお断りしたのですが、なぜエイズ学会で12ステップなんだろう、という疑問が残りました。

後で依頼書を拝見して事情が分かりました。エイズとアディクションは関連が深く(特に薬物とセックス)、アディクションはエイズ治療の妨げになることもしばしばなのでしょう。そこで、エイズのケアに従事する人たちに、アディクションの基礎知識や、アディクトの心理、回復について話して欲しいという依頼だったようです。特に12ステップということではなかったみたい。

こんなふうに、人づての依頼は中身が不明瞭な場合も多く、当日会場に行ってみてビックリ、ということもあります。担当の方と事前に話をしておかなければ、とんでもない失礼になっちゃうかもしれません。今回は、僕より適任の方が見つかったようなので安心しています(と持ち上げておく)。

先日も、ある専門家の方から「AAから講演をしてくれるように頼まれたのだが、何の話をしたらいいのか分からない。尋ねても、何でも構わないと言われるばかりで」と話をうかがったので、依頼したAAの委員会の名前を聞いた上で、その委員会はこういう経緯でできたところなので、こんな話を望んでいるのじゃないか、とお伝えしておきました。

頼む方も、頼まれる方も、いろいろ難しいものです。僕も頼む側に回ることもあるので、最近は依頼するときには講演依頼書を書くようにしています。

さて、先月は有給休暇を一日もらって、県の精神保健福祉センター主催の、アルコール依存の技術研修に参加してきました。研修の対象は病院のワーカーや保健所の保健師さんなので、本当は当事者という資格では参加不可なのですが、そこはそれです。

午前中は専門医の先生による基礎知識の講演。午後は、複数の病院から事例の紹介があって、最後に数人のグループに分かれて事例の介入手法の検討でした。これは、介入のワークブックに掲載されている模擬的な事例そのままで、内科的な治療は受けているけれど、依存症の疑いが濃厚、でも精神科の受診を拒んでいる人をどうやって治療に結びつけるか、という話です。

「介入」という技法の基礎を作ったのは、ヴァーノン・E・ジョンソンです。彼はヘイゼルデンなどと一緒にミネソタ・モデルという治療モデルを作り上げました。介入の技法については、こちら
【明日こそ止めるさ】アルコール依存症回復への実践ガイド
http://www.ryukyu-gaia.jp/books.htm
の本に詳しくあります。本を読めば模範解答は出せるようになるはず。

援助職の人が、会いたがっていない本人に直接アクセスするのは難しく、家族の中のキーパースンに情報を提供・指導して説得に当たってもらう、というスタンスです。

家族の立場の人から「本人が酒をやめたがらないのが困る」という相談を受けるAAメンバーもいるでしょう。介入研修は日本中あちこちで行われていますし、本も上記以外にも出ているので、関心のある人はあたってみて下さい。(僕の受けた研修は県の機関のものなので無料でした)。

僕らAAメンバーは、依存症ケアの中で、再発(再飲酒)の予防という「最終段階」を担っていると言えると思います。自助グループの中にだけいると、この「最終段階」だけしか見えなくなってしまいますが、実はそこに至るにはいくつかの段階を経ます。

上に書いたように、まず精神科の門をくぐるまでが一苦労だし、依存症という病名がついても「俺の酒には問題がないのでやめる必要はない」と頑張る人もいます。入院治療を受けて退院しても、自力でやめ続けられると信じて再発を繰り返す人もいます。最初に誰かがアルコール依存症を疑ってから、最終的に回復に至るまでどんなに短くても数年、長ければ何十年かかってもたどり着かないこともあります。

そのステージごとに援助者の苦労があると言えます。精神科という名前のせいで敷居が高くなっちゃうから、アルコール科とか依存科だったら心理的抵抗が少ないのじゃないか・・とか。あるいは、医者が酒をやめろとか入院するように強く説得すると、次から受診しなくなって治療関係がなくなってしまうので、通院でやりたいと言う人にはそれを認めて、次に失敗したときに入院を勧める・・とか。

本人が問題を認めた上で、自力での解決にこだわる場合には、それを認めるという話は、ジョンソンの介入技法にも書かれていて、無理に治療的な枠組み(施設とか自助グループとか)を強いるのは愚策だとされています。そのかわり「次に失敗したら、このやり方に従ってもらう」という約束をきっちりして、どうせ自力解決はいずれ破綻するので、その時点で約束を実行してもらえば良いことです。

先週末は札幌での学会にお邪魔していたのですが、ポスターセッションでの発表の中に、アルコール依存症の入院患者の家族が持つ「(断酒ではなく)節酒させたい」という希望をどうするかという話がありました。家族が本人の節酒を希望するのは珍しいことではなく、「こんなにお酒が好きなのだから、やめさせたら可哀想だし、やめられるわけがない」という依存症への偏見があったり、やめているときの本人の不機嫌さに家族が耐えられなかったり、という事情があります。

この場合でも、無理に断酒へ意見を変えさせずに、退院後の節酒を認めさせると、やがては家族もアルコールをコントロールすることの難しさを目の当たりにして、やっぱり断酒しかないと理解するようになるとう話です。(納得するのに時間がかかる人がいるという話)。

動機付け面接では、人間の気持ちが変わるのに時間がかかるのは当たり前だとされます。スイッチが切り替わるみたいにすぐに気持ちが変わってくれれば良いのですが、そうならないことに対して「否認」という言葉を使って本人や家族の責任に差し戻してしまうのは、援助側の責任放棄です。(本人の気持ち次第というのなら、援助職なんて不要)。

話を戻して、一人のアルコホーリックが酒をやめるまでには、実に手間ヒマがかかるわけですが、AAの中にいるとそうした援助職・医療職の手間というのは見えなくなってしまいます。一方、援助・医療側も、酒をやめた後の人がどうなるかに関心をあまり持っていません。援助側と自助グループの間が断絶している感じです。

みんな、自分のやるべき事に一生懸命なのはいいのですが、本当に息の長い(一生続く)依存症のケアのなかで、自分がどの部分を担っているか(一部分を担っているに過ぎないことも)把握できてなくて、自分のやっていることが全てのような錯覚に陥っている気がします。少しだけ全体を鳥瞰する機会を与えられて、そう思いました。

アディクション関連の学会の大会とか研修とかに行くと、連携、連携と叫ばれてうるさいぐらいなのですが、そういう意味じゃ、ちっとも連携なんて取れちゃいないわけです。(だからこそ連携とうるさいのでしょうが)。全体を見通せる視野の広さを持ちたいものです。

それと、医療の人たちというのは、アル中本人に「AAに行きたくない、断酒会に行きたくない」と言われると、そこでメゲてしまって、それ以上なかなかできないものなんだな、とつくづく感じます。そこで出てくるのが「本人の気持ち次第」とか「行かなくても酒をやめられているか良いじゃないか」という言い訳です。それで酒を飲まれると、飲んだ本人が悪いみたいな扱いです。責任の感じ方が間違っているっちゅーの。依存症という病気にかかったのが不幸ならば、そんな病院を選んでしまうのはもっと不幸です。

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AAの共同体とは(その4)

「日々雑記」というタイトルにしているのに、更新がせいぜい週に一回という体たらくで、名を「週一雑記」に変えた方が良いかも知れません。

不思議なもので、更新頻度が落ちているのに、日々のアクセス数が増えています。

さて、本題。

日本のAAは1975年に東京・蒲田でステップ・ミーティングを行ったのを始まりとしています。日本AAの最初の事務所は、マックという回復施設に間借りしていました。しかし、AAの「12の伝統」は、AAとAA以外のものを区別することを要求しているので、それに沿ってAAを施設から独立させることになり、1981年に信濃町のマンションの一室に「AA日本ゼネラルサービスオフィス」(AA JSO)が作られました。

1980年代は、日本のAAが海外のAAからいろんなやり方を学んだ時期でした。その中の一つがセントラルオフィス(CO)の設置でした。これは、全国を7つの地域に分割し、それぞれにAAメンバーの献金で支えられるオフィス(事務所)を設けようというアイデアでした。地域割りは、北海道・東北・関東甲信越・中部北陸・関西・中四国・九州沖縄です。

当時の日本AAの規模ならばオフィスはJSOひとつあれば十分だったでしょう。けれど、当時のAAメンバーたちは、あえて、ひとつのJSOに加え、7つのセントラルオフィスを設ける決断をしました。JSOには全国レベルの広報などのサービスとAA書籍類の出版の役目を与え、各セントラルオフィスには、本人や家族からの問い合わせに答えたり、グループに直接サービスを提供する役目を負わせました。

こうして数年かかって、次々とセントラルオフィスが作られていきました。一番最後にできたのは、関東甲信越のセントラルオフィスで1993年1月のことです。東京にはすでにJSOがあったため、わざわざ別にオフィスを作る必要はないという意見が多く、意見の調整に手間取って順番が最後になったと聞いています。

オフィスを維持するにはお金がかかります。スタッフに給料を払わねばなりませんし、家賃光熱費その他の費用もかかります。すべてを、AAグループからの献金や出版物の売り上げでまかなわねばなりません(AAは「12の伝統」で外部から助成金などを受け取ることを禁じているため)。

JSOは全国のAAグループが支えてくれます。そのJSOですら、しばしば金銭的に危機的な状況に陥ってきました。まして、もっと少ないグループ数で支えているセントラルオフィスは大変です。日本のAAグループの4割ぐらいは関東甲信越地域(というか東京都と近県)に集中しています。おかげで、関東のオフィスは比較的財政規模が大きいのですが、その他の6つのセントラルオフィスは年間予算が数百万円(しかもその下の方)で、これで全経費をまかなっていくのですから大変です。

日本のAAのメンバー数は数千人です。そのメンバー数に比べて、オフィス職員として給料をもらっている人数が多いと言われます(他の国のAAと比較しての話)。献金は任意で強制されることはありませんが、それでもメンバーの負担感は重く、オフィスのスタッフに対して「俺たちの献金で食べているんだから」と余計なプレッシャーがかかったりします。

北海道や東北では、いったん作ったオフィスを支えきれずに、いったんは閉鎖した経験もあります(その後再開しています)。

どうしてこのような過重な仕組みを作ったのか・・・。当時の決定に関わったメンバーに聞いた答えはこうです。過剰負担は重々承知していたのだが、AAが発展して、メンバーやグループの数が増えれば、遠くない未来には余裕で8つのオフィスを支えられる日が来るだろう、と予想しての決断だった、というものです。

残念ながら、その予想は甘すぎたと言わざるを得ません。AAの8つのオフィスは、いまでも個人的な犠牲と献身に寄りかからねば維持できない有り様です。(少なくとも、オフィススタッフの待遇は魅力的とは到底言えません)。

話を少し変えます。

日本のAAでは、1996年に「評議会」を開催しました。これは日本AAの意志決定機関(決議機関)で、全国のから選挙で選ばれた20人のAAメンバーが「評議員」として参加しました。以後毎年開かれています。

評議員はAAの中の重要な役割ですから、依存症からしっかり回復していて、AAのことに詳しく、AAのサービス活動に割ける金銭的・時間的・体力的な余裕がある人が望ましいわけです。しかも、そういう候補者を何人も立てて、選挙で選抜しよう考えでした。(任期は二年で再選不可なので、毎年10人ずつ必要)。

最初の頃は各地域から熱意に溢れる評議員が選挙されていました。しかし数年すると、立候補者が定数に足りないという現象が起きるようになりました。立候補者をたてるのに汲々とし、昨今ではいったん評議員を経験した人を「代理」として送ることが常態化しています(再選不可の形骸化)。

メンバーが評議員という役目を引き受けたがらない(評議員以外の様々な役目も同様)、という状況に対して、古いAAメンバーから「最近の人たちはAAへの感謝が足りない」という批判が出ることがあります。しかし僕は、そうした「自己犠牲が足りない」という批判は的外れだと思います。

評議員としてAAに自分を捧げられるメンバーは、AAの中にもともと多くはありません。評議員候補者というのは限られた資源なのです。最初に20人の評議員による評議会を作り、毎年毎年10人ずつ新しい評議員を必要とする仕組みは、日本のAAには過大すぎました。だから、早晩資源を使い果たし、可能な候補者全てを使っても足りないという事態を招いてしまったのです。

1995年頃に評議会システムを設計した人たちに話を聞くと、やはり作った仕組みが過大だったという反省はあるようです。でもその時も、将来AAが発展して、メンバーもグループ数も増え、評議員の役割を担う人々も次々出てくるだろう、という楽観的な予想があったと言います。

7つのセントラルオフィス、毎年10人ずつの評議員。どちらも、制度を設計した人たちは、それが大きすぎるのは重々承知の上で、将来AAが発展することを期待し、うすうす無理を承知しながらあえて大きな仕組みを作ったということが分かります。それは、子供が成長するのを見越して、大きめの服を買う親の心理に似ているのかも知れません。しかし、あまりにサイズが大きすぎ、しかも期待通りに成長してくれなかったので、今でも不釣り合いなほどブカブカの服を着ているのが日本のAAです。

制度を修正する必要があるのでしょう。AAが発展を続けるという過去のビジョンにしがみついている人たちからは大きな反発があるでしょうけれど。

日本のAAグループ数は550を越えました。グループ数は毎年増え続けています。しかし、メンバー数が増えているかは疑わしいものです。たぶん、グループ数が増える一方で、1グループあたりのメンバー数は減少し、結局総メンバー数は増えていないのじゃないかと思います。

増えていないという根拠のひとつは、オフィスへの献金が増えていないことです。それはおそらく、グループは増えたけれど、献金をするメンバーは増えていないということでしょう。また、BOX-916というAAの月刊誌の売り上げも、2004年をピークに減ったままです。

献金したり、BOX-916に親しんだり、というのは、AAプログラムに関心を持ち、AAプログラムに感謝を表す行動です。いわばAAプログラムの恩恵を得た人たちの行動です。グループが増え、会場が増え、ミーティングに参加する人たちは増えているのでしょう。自らをAAメンバーだと名乗る人の数も増えているのでしょう。しかし、AAプログラムの恩恵に浴した「中核的な」AAメンバーの数は増えていない、それが献金やBOXの売り上げ停滞・減少につながっていると思います。

ひとつ確かなことは、AAの中でプログラムが薄まっているということです。薄められたプログラムは効果を失い、やがてはメンバー数増加が停滞し、減少へ向かう、というのが先行するアメリカでの経験です。日本AAのメンバー数の増加ペースは鈍り、おそらくはすでに停滞しています。やがてメンバー数の減少が始まるでしょう。あちこちのグループが潰れ、ミーティング会場が閉鎖されていく・・そうなったときに、状況を反転させるだけの力は日本AAに残されていないだろうと予測します。

セントラルオフィスや評議員の数という切り口で見ると、仕組みを設計した人たちがAAの発展に対して楽観的過ぎたことがわかります。その過大な設計には、「量的拡大こそがAAにとって最善」という考えが伏在しているのは間違いありません。それは「AAの発展は量的拡大による」という考え方です。確かに、グループが増え、メンバーが増えていくことは、より多くのアルコホーリクが助かることですから、それがAAの発展そのものです。

しかし「質」という観点を見落としていたことも間違いありません。量を拡大するためには、質を保ち、質を向上させる努力がなければ、薄まる一方です。

AAを量的に拡大するために、医療や福祉や地域社会にAAの存在や魅力を発信する「広報活動」は熱心に行われています。しかし、AAを「質的に向上」させるための試みはされず、ないがしろにされたまま、結果AAのステップセミナーに行っても、ステップの話はほとんど聞けず、AAプログラムの恩恵を受ける人は増えていません。それではAAが発展したなんて言えません。

では質的向上にはどうすればいいか。この「AAの共同体とは」という一連の雑記のテーマもそこにあります。前回までの雑記で、そもそもAAは、ミーティングをやるための団体ではなく、12ステップをやるための団体だということが見えてきました。質的向上のためには、メンバー一人ひとりがより真剣に12ステップに取り組むこと、それ以上でもそれ以下でもありません。量的拡大と質的向上はバランスが取れていなければなりません。量的拡大への偏りを正す必要があります。

古いメンバーの話を聞くことも大事です。彼らは今の僕らにはない経験を持っています。しかし、古いAAメンバー達の欠点が、今のAAの欠点になっていることも忘れてはいけません。オールドタイマーの話を、ただありがたがって聞いているだけではダメです。彼らは日本のAAの礎を築いた人たちでありますが、同時に、今の日本のAAをこのようにしてしまった人たちでもあります。

先人の業績は、後から来るものによって否定されるものです。これはどの分野でも繰り返されてきたことで、AAもその例外ではありません。僕らが今取り組んでいることも、10年後、20年後には否定されているかもしれません。それで構いません。ともかく、今やらねばならないことをやる。それだけです。

テーマ : メンタルヘルス・心理学
ジャンル : 心と身体

プロフィール

ひいらぎ

Author:ひいらぎ
飲まないアルコール中毒者の、ドライドランクな日常。
AAメンバーとして、ネット上でアディクション関係の情報をすこし発信。

本サイトは「心の家路」。

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