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AA中の特別な二人

AAは、ビル・Wとボブ・Sという二人が始めたため、この二人は共同創始者(co-founder)と呼ばれています。この二人は「AAメンバーではなかった」とまで言われるほど、AAの中で特別な存在です。

AAは平等性や民主制を大事にする団体ですし、個人にスポットライトが当たることを嫌う団体でもあります。そのAAが、この二人だけは特別扱いしています。あちらの経験談を読んでいると、ビルとボブの写真がミーティング会場の壁に貼ってある・・なんて書いてあったりします(おおっと個人崇拝!)。それが咎められるわけでもないようです。

なぜこの二人が特別扱いされるようになったのか。

ビッグブックの「初版に寄せて」にはこうあります。

「私たちのほとんどはビジネスマンや専門分野の職についていて、そういうことになったら本職のほうがおろそかになりかねない。私たちのアルコホリズムとの取り組みは、あくまで副業の範囲であることをご理解いただきたい」(p.xvii)

第2章にもこんな文章があります。

「私たちはみな、これから示すような取り組みを実行するために、自由な時間の大半を費やすが、この活動だけに専念して時間を使うことができる幸運な者は何人もいない」(p.29)

ビッグブックが書かれた時点では、アルコホーリクと関わることを職業にしていたメンバーはほとんどいなかった、ということです。数少ない例外がビルでした。

第1章の「ビルの物語」にはこうあります。

「妻とぼくは、ほかのアルコホーリクたちが解決を見つけ出せるよう手助けしようという考えに熱中して、それに没頭した。昔の同僚のぼくに対する信用が全くなかった時だったから、一年半ほど仕事らしい仕事がなかったことは幸いだった」(p.23)

ビルの伝記映画を見ると、妻のロイスが働いて家計を支え、ビルはアルコホーリクを助けることに熱中している様子が描かれています。そうして、ビルはビッグブックを書き、AAのオフィスを構え、アルコホーリク財団(後の常任理事会)を組織していきます。ビルは(他のAAメンバーのように)ビジネスの世界に戻ることを願っており、実際チャレンジもしましたが、果たせずに「アルコホーリクと関わる」ことが彼の生涯の仕事となりました。

もう一人の共同創始者ボブ・Sも「アルコホーリクと関わる」ことを職業としました。「ドクター・ボブの悪夢」の冒頭にこうあります。

「彼は、他界する一九五〇年までAAのメッセージを五千人以上のアルコホーリクの男女に伝え、彼らへの医療費の請求のことは考えずに治療を施した」(p.241)

痔の手術が得意な外科医だった彼は、回復後はアルコホリズムの分野に身を投じ、患者に12ステップという治療を施しました。

始まったばかりの頃のAAは、あらゆる階層の人々を惹きつけたわけではなく、その対象は限られていました。白人で、教育程度が高く、元々は経済的にもそれなりに豊かだったのに、酒のせいで経済的にも社会的にも落ちぶれてしまった人たちでした。メンバーの多くが回復後は職業に復帰し、社会的地位を取り戻していった中で、ビルとボブの二人は、当時は偏見が強く病気だとすら思われていなかったアルコホーリクに関わることに職業生活を捧げていました。他のメンバーたちが、彼ら二人を特別扱いしたのは当然だったのではないでしょうか。

彼ら二人は、12のステップ・12の伝統というスピリチュアルな分野においても、またAAという団体の運営という現実的な側面においても、常にAA内の「権威」であり続けました。しかし二人とも人間である以上、寿命があります。二人の没後、誰がその権威を引き継げるのか? 彼らの代わりになれるAAメンバーがいるわけがありません。そこでビルが考えたのが、AAメンバーの中から選挙で選出される評議会制度です。

最初の評議会は1950年。これはドクター・ボブの死とほぼ入れ替わりでした。5年間の試行期間の後に、1955年に正式に評議会制度がスタートし、ビルは自身が持っていたすべての権威を評議会に引き継ぎました。それは間接的には、評議会の選出母体となる一つ一つのAAグループに権威が引き渡されたということであり、「グループ主権」とも言うべきAAの民主制度の完成でもありました。

その後はビルは「AAの顔」として登場することは事実上なくなり、1970年に没しています。

ビッグブックの文章もビルによって執筆されました。もちろん当時の他のメンバーの意見も大きく反映されていますが、大部分はビルによって書かれました。その後に出版された『12のステップと12の伝統』(12&12)もビルが書いたものですし、『AA成年に達する』もほとんどがビルによって書かれたものです。

つまり、AAのプログラムを解説した本はすべてビルが書いたもの、というわけです。

AAではビルの死後も新しい本が出されていますが、プログラムの解説本ではありません。"Pass It On"(未訳)はビルの伝記、『ドクター・ボブと素敵な仲間たち』はボブの伝記。『今日を新たに』と『信じるようになった』はAAメンバーの経験の分かち合いの形式を取っています。『どうやって飲まないでいるか』は、12ステップについてはあまり触れられておらず、飲まないでいるためのtips集になっています。

(『どうやって飲まないでいるか』は、12ステップに興味はないが、酒をやめるためにAAの中で集積された生活上の知恵には関心があるという人にオススメです。最近Amazonで購入ができるようになりました)。

『どうやって飲まないでいるか』
http://www.amazon.co.jp/dp/4904927001/

後にも先にもビル・Wだけが、12ステップのテキストを書くことをAAメンバーに許してもらえた存在だった、ということでしょう。何十年も経過すれば、文章は古びてきます。しかし、AAのテキストは用語を現代風に改められることもなく、ほぼビルが書いたまま保たれています。

AAの英語の月刊誌 Grapevine でも、二人の共同創始者の書いた記事を翻訳しようとすると、翻訳結果の綿密なチェックが必要になり、他の一般のAAメンバーが書いた記事とは明らかに扱いが異なっています。

結局のところ、ビル・Wの死後は、AAプログラムを説明する本を書ける人は誰もいなくなったわけです。様々なAAメンバーがスタディ・ガイドを書いていますが、それらは「一人のAAメンバーの意見」として扱われるに過ぎず、「AA共同体を代表する意見」として権威を帯びて扱われることはありません。(ジョー・マキューもワリー・Pも自らに権威を帯びさせず、解釈の正統性をビッグブックに依拠しています)。

唯一評議会には、新しいAAの本を作る権限が与えられており、実際何冊か作られていますが、前述の通りいままでの経過を見る限り、真っ正面からAAプログラムを説明する新刊は作られていません。それどころか、ビルの文章をそのまま変えずに残すという決定をしています。アメリカの評議会ですらこんな具合ですから、日本の評議会が新しいステップの本を作ることは、難しいのではないかと思います。

ビルが、自らに与えられた権限、権威を喜んでいたとはとても思えません。彼は大変優れた人物だったでしょうが、人間としての限界もあり、まして彼はアルコホーリクだったのですから。何十万人にもふくれあがったAAをスピリチュアルに、また現実的に率いていく大きなプレッシャーを感じていたに違いありません。実際彼は重度のうつに陥っています。1955年にスタートした評議会に彼がすべての権限を渡した後には、そのうつはきれいに消え去ったと記録されています。

彼らは他の人が引き受けたがらない役割を引き受けました。それは共同創始者以外に引き受け手のいない役割でした。おそらく、ビル・Wやドクター・ボブのような特別な存在が、今後AAの中に登場することはないでしょう。であれば、この先もビルの文章をそのまま使っていくことになります。それはビッグブックが完ぺきな本だという意味ではなく、それを変えたり何かを加えることのできる人がいないからです。

確かにビッグブックには少々使いづらい点もありますが、今まで何十年にもわたって数多くの人の回復を手助けしてきた実績があります。その実績こそが大事です。アメリカのAAにはこんなスローガンもあるそうです。

If it ain't broke, don't fix it.

ビル・Wが特別な存在になるべくして生まれてきた人なのかどうか。おそらく彼はただのアル中だったのだと思います。ウィリアム・D・シルクワースによる疾病概念、カール・G・ユングによる霊的解決の示唆、そしてリチャード・ブックマンの行動原理。この三つの要素がビルの手元に揃ったのは、たまさかの偶然か、あるいは神の意志だったのか。その奇跡的なできごとが彼を特別な存在たらしめました。その後の数多くの回復は、この奇跡をコピーすることによって生まれました。それらの回復は個人個人にとっては人生に起きた奇跡だったかもしれませんが、全体からみればすでに平凡です。
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ソブラエティのための道具 43

ソブラエティのための道具90 が更新されていない、というメールをいただきました。

確かに、最後に42番を更新したのはもう4年近く前です。せっかく半分近くまで来ているのですから、続きを書こうという気になりました。これからポツポツ書いていこうと思います。(んで、下書きをまず雑記に載せる)。

43) 新しい生活が「自分の手に負える」ことを喜びなさい。
Rejoice in the manageability of your new life.

アルコールは私たちの不安や心の痛みを(一時的にですが)和らげてくれました。しらふの生活は心地よいことばかりではなく、不快なこともたくさん待っていましたが、その不快なことを酒でごまかす作戦はもう使えませんでした。

ステップ1はこう言っています。

「私たちはアルコールに対し無力であり、思い通りに生きていけなくなっていたことを認めた」

思い通りに生きていけなくなっていた(our lives had become unmanageable)。

この病気は「その人のやりたくないことをさせる病気」だと言います。私たちは、決して人に迷惑をかけたかったわけでもなく、人生や生活を壊したかったわけでもありませんでした。でも病気のせいで、いろいろなことを台無しにしてきました。

だから私たちは酒をきっぱりやめようとしました。でも、再飲酒が待っていました。飲むのは良くないと分かっていながらまた飲んでしまうのであれば、やはり思い通りに生きているとは言えません。

ビッグブックの87ページには

「私たちはアルコホーリクであり、自分の人生が手に負えなくなった」
(we were alcoholic and could not manage our own lives)

という文章があります。私たちの飲酒は自分の手に負えない状態でした。酒をコントロールして飲もうと悪戦苦闘しましたが、できませんでした。だから、酒をやめざるを得なくなりました。やめると決めたからには、二度と酒に手を出さないと自分に誓いましたが、また飲んでしまいました。私たちの酒の問題は解決不能に思えました。

ところが、酒の問題を「自分では解決できない」と受け入れたとき、解決への方向付け(導き)が与えられました。

人生の他の問題も同じでした。私たちが様々な問題を、自分の思ったとおりのやり方で解決しようと思うと、私たちの不安や心の痛みは増していきました。自分のやり方を諦め、ただ解決することを望んだとき、何かしらの解決がもたらされました(それは時には「変えられないものを受け入れる」という解決かもしれませんが)。

「AAのプログラムには逆説が多い」と言う人がいます。自分では解決できないと認めることが、アルコールの問題の解決につながります。同じように、酒を飲まなくても人生には様々な問題が起きてきますが、それを自分の望み通りに解決しようとしないことで、私たちの新しい生活は「手に負える」ようになります。

私たちは人生をうまく扱えるようになりました。それは自分の望み通りのやり方ではなかったかもしれませんが、ともあれ新しい生活が「自分の手に負えるもの」であることは、喜ばしいことではないでしょうか。なにせ飲んでいたあの頃は、私たちの人生はまったく自分の手に負えず、自分の望みとは反対のことばかり起きていたのですから。

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自分が助かりたければ・・・

ステップの話ばかりではなく、共同体の力についてのことも書いた方が良いでしょうね。

先日東京某所のAAミーティングに参加したところ、ソブラエティ二十数年というあるAAメンバーの姿をお見かけし、こちらから挨拶したところ「よう、ステップの専門家!」とからかわれてしまいました。

「専門家になったつもりはないんですが、まあでも、これは誰かがやらなくちゃならないことでしょうね」と答えたところ、「何でも最初にやる人間は大変だよ」と言われました。僕が最初というわけでもないのですが、なんとなく目立ってしまっているのかも知れません。

人間には未知のものに対する恐れがあります。だから人は、すでに知っていること、経験したことの範囲で考え行動しようとします。成果が出ているうちはそれでもかまわないのですが、悪い結果が出るようになっても、考えや行動を変えることはなかなかできないものです。それは、今までと違った考え、違った行動を取ることへの恐れがあるからです。ことわざに「知らぬ仏より馴染みの鬼」とあるとおりです。

恐れの反対は勇気です。新しいことに取り組むには勇気が必要です。だからこそ「変えていく勇気」を与えて下さいと神に祈るのではないでしょうか。

アルコールや薬物には私たちの不安を一時的に和らげる効果があります。だからアルコールや薬物に頼って生きてきた人間は、未知への不安が一層強く、考えや行動を変えづらくなっているのかもしれません。けれど、回復や成長を望むのなら、新しいことに取り組む勇気が私たちに必要だということになります。

さて話は変わって、昨年9月には北海道に行かせてもらい、せっかくの機会だからと札幌市内のAAミーティングに出させて頂きました。また先月は沖縄へ行き、やはり那覇市内のAAミーティングに行きました。(12ステップは僕をいろんなところへ連れて行ってくれます)。

僕は、日本に約900カ所あるというAA会場の全部に出たわけではありません。ごく一部だけです。その経験の範囲内で言えば、日本の北でも南でもAAにはある共通した傾向が見られます。

どこでもAAを維持している人たちがいます。彼らはAAグループを運営するために、ミーティング会場を開き、本やコーヒーを用意し、新しい人たちを迎え入れています。必要があればAAの広報活動もするし、病院に出向いて患者さん相手に話をしたりする。委員会などのAAを存続させていく活動にも時間を割いています。それだけでなく、新しくやってきた人たちのスポンサーを務めて12ステップを伝えることもしています。

なぜそんなことをするのか。それは、AAの回復のメッセージを伝えることで、新しい人たちがこの病気から回復するからです。

この人たちを「人を助ける側」と呼びましょう。助ける側の人たちは少数派です。その人たちがグループの1割なのか、3割なのか、それともたった一人なのか、割合はいろいろでも、グループの中ではたいてい少数派です。

ではその他の多数派はどんな人たちなのか。それは「自分が助かりたい」と思って来ている人たちです。この人たちの関心は、自分の苦しみや悩みに(あるいは楽しみに)向けられているようです。だから、グループの役割などもあまり引き受けたがりません。他の人が維持しているAAに「お客さん」として通うタイプです。

数ヶ月か数年、時間をおいて同じ会場に行ってみると、「助ける側」の人たちの顔ぶれはあまり変わっておらず、相変わらずAAを維持する負担を背負っています。一方、「自分が助かりたい人たち」は、顔ぶれががらりと変わっていることが多いのです。少し残っている人たちもおり、その中には「助ける側」に立場を変えた人もいますが、残りの大部分はすでにAAを去り、空いた場所を新しい人たちが埋めています。

AAを去って行った人たちはどうなるのか。AAを離れたからと行って、皆がすぐに再飲酒するわけではありません。ずっと酒をやめ続ける人たちもいます。しかし、5年、10年と経るうちに、飲まないでいられる人は少なくなっていきます。グラフにすればきれいな懸垂曲線を描くでしょう。飲んでしまった人たちは、またAAに戻ってくるか、他で世話になっているか、飲み続けているかなのでしょう。

もちろんAAを続けていても飲んでしまう人もいるし、離れても飲まないでいられる人もいます。だから一概には言えないのですが、概ねは「自分が助かりたかったら、人を助ける側になるのが良い」ということなのでしょう。

AAは自助グループだと言われます。self help とは自分で自分を助けるという意味です。これに対して「AAは self help ではない。help other なんだ」と言った人がいました。人を助けるのがAAです。私たちは人を助けることを通じて、自分を助けていきます。お互いに助け合うのがAAだ、とも言えます。

飲んでいた頃の私たちは、自分の苦しみや悩みにしか関心がありませんでした。俺のこの苦しみを分かって欲しい。私のこの悩みをどうしたらいいのか、ということばかり考えていました。つまるところ「自分のことしか関心がない」という状態だったアルコホーリクが、他の人を助けるために、他の人の悩みや苦しみに目を向けていく。どうやったら相手が背負っている荷物を軽くすることができるか。そのために自分にできることはないか。自己中心的なアルコホーリクが回復するためには、そういうことを考え、行動していく必要があるのだと思います。

私たちは人と関わる時に特に意固地になった、と12&12に書かれています(p.72)。人と関わることが苦手なアルコホーリクが人を助けようとするのだから、そううまく行くはずがありません。相手がこちらの思う通りに動いてくれたら物事はスムーズに運ぶのでしょうが、決してそうなりません。「助けてくれてありがとう」などと感謝されることも、まずないと思ったほうがよい。人を助ける活動の中で、私たちは(相手のではなく)自分の欠点に向き合わざるを得なくなります。

また、回復の道具である12ステップを手渡そうにも、自分がそれを携えていなければ、手渡すことができない。その当たり前のことにも気付いていきます。

人を助けようとしてもきっと失敗するでしょう。AAを始めたビル・Wでさえ、最初の6人には失敗したと書いています(AA p.139)。ドクター・ボブは7人目以降ということです。もしビルが最初の3人目ぐらいで諦めてやめていたら、AAは始まらなかったことになります。だから簡単に諦めるべきではありませんよね。

人のために活動すると、自分のことは少し犠牲にせざるを得ません。どれだけ自己犠牲が払えるかは人それぞれです。小さなことであっても、人の役に立つこともあります。

例えば、AAミーティングは回復が始まるところですが、参加者がゼロでは成り立たないのですから、ミーティングに参加するだけでも人助けになります。会場への行き帰りを含めれば少なくとも3時間ぐらいの時間は要します。ミーティングに行かなければ、その3時間は自分の好きに使えるのですから、毎週欠かさずその時間をミーティングに費やすのも「小さな自己犠牲」と言えるのではないでしょうか。

また、献金箱に数百円のお金を入れるのも、本来自分の好きに使えた金を人のために手放すのですから、小さな自己犠牲と言えるでしょう。AAはそのお金の積み重ねで維持されていることをお忘れなく。

もう少しできると思ったら、会場の椅子を並べたり掃除を手伝っても良いし、司会役を務めても良いでしょう。だんだんにできることは増えていくはずです。その中で、頑張っているのに誰も褒めて(認めて)くれなかったとか、自分だけ負担が重い気がするとか、いろいろ考え、その中で自分の様々な欠点と向き合っていくことになるでしょう。

ずっと続けても、結局誰も助けることができない・・ってこともあるかもしれません。でも良いではありませんか。誰も助けることができなかったとしても、「自分という一人の人間を助けることはできた」はずなのですから。その目的でAAに来たのじゃありませんでしたっけ?(尊敬や賞賛や感謝を獲得するためではないでしょう)。

だから、自分が助かりたければ、助ける側に回ることです。さあ勇気を。

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回復施設について

日本にはアディクションの回復施設が結構たくさんあります。僕もそのすべてを知っているわけではありませんが、数え上げれば100ちかく・・いや100ヶ所以上存在しているかもしれません。

日本の回復施設の起源は、日本でAAを始めた二人の神父が設立した「マック」という施設でしょう。大宮で始まったマックは、後に全国に広がります。アルコールの問題を扱っていたマックに対し、薬物の問題を扱うために作られたのが「ダルク」です。現在では、マックに薬物の人もいるし、ダルクにアルコールの人もいるので、両者の違いは明確ではなくなっています。この他にもたくさんの施設がありますが、その多くは源流をたどれば直接・間接にマック・ダルクの系譜につながります。

アルコールの問題に限れば、クリニックに通院することも、精神病院に入院することも可能です。また、AAや断酒会のようなグループも存在しています。なのになぜ、病院に入院するのではなく施設に入所する必要があるのか。またグループに通うのではなく、施設に通所する必要があるのか。

それを説明する前に、なぜ現在の日本のAAで施設の話題が嫌われているのかを説明する必要があるでしょう。

前述のように、日本でAAを始めた二人は、マックという施設も始めました。おかげで、始まりのころ日本のAAとマックは一体となっており、二つの名をつなげて「マックAA」あるいは「AAマック」という呼び名すら通用していたそうです。これが初期のAAの発展に大きく寄与したのは疑いありません。マックが全国に広がるとともに、AAも広がっていきました。各地でマックはAAの中心的存在として機能したはずです。

しかしながら、AAには「12の伝統」があり、その6番目でAAが治療施設を運営するのは良くないとされています。それはなぜか。12の伝統はすべて実際の経験に基づいて作たわけですが、アメリカのAAでは幾度かアルコールの専門病院を作ってみたそうですが、どれもうまくいきませんでした。施設を運営するには多額の資金が必要になりますが、そうした多額のお金はたいていAAグループをおかしな方向へ導いてしまうからです。

「AAは施設を運営しないほうが良い」ということになりました。しかし、あの有名なヘイゼルデンもAAメンバーが作った施設であることからもわかるように、施設はAAメンバーの必要に応じてできたものです。AAメンバーが施設の運営に関わらざるをえません。

そこで、AAメンバーが施設スタッフをやっていることが例えバレバレだったとしても、施設はあくまでAAとは別の団体としてAAの名を使わず、AAメンバーが施設スタッフとして活動しているときはAAメンバーの立場を使わず、逆も同じとする(「二つの帽子をかぶり分ける」)ことを要求しました。

(AAメンバーとして活動するときは施設スタッフではなく、施設スタッフとして活動するときにはAAメンバーではない)。

また伝統の3番は、AAグループがAA以外のものに従属することを戒めています。このようなことから、日本のAAがマックと一体となっていたことも問題視されました。

そこで、AAとマックを分離する運動が行われました。これはAAの側からすれば「マック排除運動」という様相でした。私たちは酒をほどほどに飲むことができず、とことん飲んでしまった人間です。アルコホーリクは白黒思考であり、行動も極端から極端に走ることが多いものです。このときも同様で、AAはそれまで一体だったマックを徹底的に排除することになりました。

結果として、AAの中でマックの「マ」の字も言いづらい状況になり、「ある施設」などとあいまいにぼやかした言い方がされたりしました。施設内のことをミーティングで話すと咎められ、施設スタッフだという理由だけでミーティングで話をさせてもらえず、AAの役割からも外されるということが起きていました。

今では排除運動も過去のものとなり、そうした行き過ぎは是正されつつあるものの、今でも施設の話題はAA内部では嫌われる傾向は残っています。

なぜあの時代に、あれほどまでに苛烈なマック排除運動が行われたのか。「そうしなければならないほど、マックの影響は大きかった」というのがその理由でしょう。それほどまでの排除を行わなければ、施設の影響を拭い去ることができないと考えられた。伝統3の重要性がわかる事例です。

それでもAAは、施設の影響から脱することができて良かったと言えます。日本のAA以外の12ステップグループには、施設との関係を断ち切れていないところもあります。グループとしての独立が今後の課題となっていくでしょうが、AAの経験はそれには痛みが伴うことを示しています。

参考
バック・ツー・ベーシックス騒動(その3)
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=19200&pg=20120412
バック・ツー・ベーシックス騒動(その4)
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=19200&pg=20120415

僕が酒をやめたころ、長野県内には回復施設はありませんでした。10年ほど前にダルクが誕生しましたが、AAの側にかなり強い拒絶反応が起きました。それは施設の必要性が十分理解されていなかったからでしょう。

施設を利用することなく、医療機関からグループにつながって酒をやめていった人には、施設の必要性は感じにくいものなのでしょう(僕もそうでしたし)。

施設の必要性というのは、言い換えれば「施設の良いところ」ということになりますが、良い点の一つは「基本的な生活習慣が身につく」ということです。

基本的な生活習慣とは何か。それは、毎日規則正しい生活をすること(起きる時間、寝る時間)。規則正しく三度の食事をする。洗顔・歯磨き・入浴して体を清潔に保つ。洗濯や掃除やごみ捨てなど、身の回りの清潔を保つこと。干した洗濯物をたたむとか、自炊するとか。

意外とこうした基本的な生活ができない人が多いのです。自分ではできるつもりでいても、実は同居者が代行している場合が多く、飲酒が原因で家族を失うと、身辺自立ができなくて困窮することも珍しくありません。

被虐待児や発達障害が原因で親による養育が困難な子供を預かる施設の人に聞いたことがあります。特別な養育をするのではなく、暖かい食事、清潔な服など、そうした基本的な生活の面倒を見ることで、子供たちの精神状態は見違えるほど変わるのだそうです。(そうしてせっかく良くなっても、親元に戻すと生活が乱れて元に戻っちゃうのもよくある話)。できることは自分でやらせることが大事で、中学生くらいの子供が、自分の服を洗濯して干してたたんでいたりするのは、今の世の中からすればちょっと可哀想ではあるのですが、それが自立の第一歩でもある、という話でした。

アディクションの施設も同じことです。ただ利用者は基本的に大人ですから、自分でできることは自分でするようにするわけですが。

せっかく酒をやめていても、寝る時間・起きる時間のリズムが崩れていたり、食事を食べたり食べなかったり、入浴や歯磨きをサボりがちで、部屋はごみが散乱して異臭を放っているようでは、精神状態も向上せず、質の良いソブラエティは望めません。仕事に就く(経済的自立)の前に、身辺の自立からです。

家族を失ったことを契機にソブラエティが崩れる(再飲酒)ケースでは、喪失の悲しみが原因とされることが多いのですが、実は身辺の面倒を見てくれる人を失った影響だったりします。(年老いて妻に先立たれたダンナさんはかなり大変なようで)。

集団生活で「自由が利かない」ことを理由に施設利用を嫌う人もいますが、勝手気ままにしていたら生活習慣は身につかないのですから、こればかりは致し方ない。

これは入所型の施設の場合で、通所型(デイケア)の場合には基本的な生活習慣が身についていることが前提です。そうでなければ通所が続けられません。通所が続けられないようなら、入所型施設に移ることを考えることになるのでしょう。

他の利点として「回復に集中できる」ことが挙げられます。AAのようなグループ(共同体)が一人ひとりのメンバーを支える力はとても強いもので、断酒の維持に役立ちます。しかし、毎日ミーティングに通っていても、仲間と接していられるのは一日のうちの限られた時間に過ぎません。酒や薬というのは、一人でいる時間に忍び寄ってくるものです。長時間仲間と一緒にいることになる施設利用は、まず酒や薬を断つという、回復の基盤を作るのに役立ちます。

だから、なかなか酒をきっぱり断てず再飲酒の繰り返し、だからといって入院ばかりしていられない、という人には施設利用を勧めることになります。(依存対象からの物理的隔離だけでは根本的な解決にはなりませんが、上に書いたように回復の基盤作りに役立ちます)。

そして多くの施設では「12ステップ」を回復のプログラムとして取り入れているのも利点と言えます。アメリカの施設でも12ステップをプログラムの中心に据えるところが多いそうです。12ステップを使ったプログラムについて州政府の認可が得られ、保険が適用できるのであれば、それを「治療(treatment)」と呼んで良いのだそうです。ですので、同じプログラムがある施設では「治療」、認可の取れていない別の施設では「回復」と呼ばれていると聞きました。

(日本では12ステップが有効な治療手段として認められるに至っていないので、治療と呼ぶのはやや時期尚早かもしれません)

残念なことに、日本の施設で12ステップ全体を提供しているのは少数派です。多くはステップ1・2・3を中心に、利用期間中にステップ4・5の棚卸しまで済ませる、というパターンです。これはマックがそのようなプログラムを組んでいた影響によるものと考えられます。(現在では12ステップ全体を行うところも徐々に増えています)。

日本のAA共同体では12ステップが弱体化してきました。12ステップに取り組むメンバーの比率は下がり、ミーティングの中で12ステップのことが分かち合われることが減っています。弱体化が起きた原因はさまざまあると思いますが、そのひとつはマックとの分離もあるでしょう。

12ステップの前半に偏ったプログラムとは言え、施設は12ステップを回復プログラムの柱に据え、スタッフは毎日それを利用者に提供するのを仕事にしています。スタッフから12ステップを受け取った利用者は、アフターケアとしてAA(やNAなど)に通い続け、やがてグループの中で新しい人に12ステップを伝えるようになっていきます。つまり施設スタッフという職業家の存在が、AA共同体への12ステップの供給源になっていたものと考えられます。しかし、共同体と施設との分離が起き、しかもしれが必要以上に厳密に行われた結果、AA共同体は12ステップの供給源を失ってしまったのではないでしょうか。

分離後のAAの中でスポンサーシップが隆盛し、12ステップが一対一で伝えられていけばうまくいったのでしょう。でもそうなりませんでした。「ステップをやるもやらないも自由」「ステップはどう解釈してもかまわない」というのはそうなのですが、それを口実にステップに取り組む人は減っていきました。今、日本のAAはステップをやる団体ではなく、ミーティングをやる団体になってしまっています(そりゃミーティングは必要だけどね)。

ビッグブックをテキスト(教科書)として12ステップ全体に取り組む運動が目立ってきたのは2003年ごろでした。あれから10年。運動の担い手から気になる言葉を聞くようになりました。「俺たちがAA共同体のなかでいくらがんばってみても、これ(弱体化)は食い止められないのじゃないか」。まあ、弱音を吐きたくなる気持ちも分からなくもない。一度失った生活習慣を取り戻すのが簡単でないように、共同体が失いかけたプログラムを取り戻すのは簡単ではないのかもしれません。

僕も視野の広い人ではないので、以前は(AA共同体がしっかりしていれば)施設は不要だと考えていました。だから、過去のこのサイトのリンク集には施設へのリンクはまったく張られていませんでした。しかし、AA共同体には限界があることを知り、施設の現状をいろいろと見聞きする中で、その必要性を認めるように考えが変わっていきました。

本来的には、AA共同体の中で12ステップ全体を伝えるスポンサーシップが普及するのが本筋です。しかし、そのような理想は簡単には実現できません。東京近辺でビッグブックの12ステップのセミナーでも開こうものなら、ちょっと驚くぐらいの人数が集まります。しかし、スポンサーシップが提供できるメンバーは限られていて、爆発的な普及は見込めません。

もう一度施設に12ステップの供給源としての役割を期待する声があるのは知っています。もし、そうなるとするなら、「ステップ1・2・3の繰り返し」という偏りを正して、12ステップ全体を提供してほしいものです。まあ、施設は「AA外部の問題」なので、メンバーとしてとやかく言うべきではないものなのでしょう。

そもそもAAがしっかりしていれば、施設の必要性はもっと薄れるとは思います。仮にAAがしっかりしていたとしても、それでも施設の必要性は残ることでしょうが。

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プロフィール

ひいらぎ

Author:ひいらぎ
飲まないアルコール中毒者の、ドライドランクな日常。
AAメンバーとして、ネット上でアディクション関係の情報をすこし発信。

本サイトは「心の家路」。

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