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ステップやりました、と言われる戸惑い

信州から関東に越して3週間たらず。埼玉県内から都内の新しい職場への通勤にもだんだん慣れてました。まだ、引っ越しの後片付けに追われていますが、長野にいた頃に比べて、依存症の人と会う機会は飛躍的に増えています。

その中で、少々気になる言葉を何度か耳にしました。それは、

「私はステップをやりました」

というものです。12ステップに取り組む人が増えているのは、とても良いことだと思っています。ビッグブックに書かれた12ステップや、ジョー・マキューなどのステップの取り組み方に関心が高まるのも良いことだと思っています。12ステップを構造化し、視覚化することで、多くの人がステップの恩恵を得ることができるのようになったのも狙い通りです。

だがその一方で、「本質が伝わってない」という焦りも感じるようになってきました。(じゃ、お前は本質が分かってるのかよ、というツッコミはスルーするとして)。

「私はステップをやりました」という言葉は、「でも今はやっていない」ということを暗に意味していることが多いように思います。つまり、「私は以前12ステップに取り組んだことがある」という過去の経験を意味する言葉として発せられているわけです。英文法の過去完了みたいなもんですかね。

確かに、ステップ4・5の棚卸しとか、ステップ8・9の埋め合わせをやっている時点では「私はステップに取り組んでいる」という実感があるでしょう。ステップ4~9の6つのステップが人生を大きく変えてくれるのも事実です。

でも、その先にはステップ10があるじゃないですか。

ステップ10は、ステップ4~9を日々繰り返していくことです。ステップ4~9を部屋の大掃除に例えるとするなら、ステップ10は毎日のこまめな掃除に例えられます。大掃除を熱心にやっても、その後の毎日の掃除をさぼっていたら、部屋はふたたびゴミであふれる元の状態に戻ってしまうでしょう。そうなってしまっては、せっかく大掃除(ステップ4~9)に取り組んだ苦労も水の泡です。

むしろ大掃除は多少手抜きでもかまわない。その後の日々の掃除の中で、見過ごしていたゴミを片づけ、気がついた汚れを拭き取っていけば、部屋は徐々にキレイになっていきます。同じように、ステップ10を続けていけば、私たちの回復や成長も継続していきます。

自動車の運転免許を合宿で取るコースがあります。短期間で免許証を手に入れられるので、それなりの人気があると聞きます。それは結構なことなのですが、合宿で運転免許を取得した人が、その後、自動車を運転しなかったら、その人はペーパードライバーになってしまいます。ライセンスは持っているけれど、技術を伴っていないわけです。そういう人に車を運転させて、自分はその助手席に座りたいと思う人は少ないはずです。

12ステップはライセンスではありません。12ステップは「生き方」であり、実践されるべきものです。

だから、「私は12ステップをやった」という意識で、さらに「だから回復しているはずだ」と考える人が出てきている人がいるとするなら、それは12ステップの本質が伝わっていない、ということなりはしないか。だとするなら、憂うべき事態です。

まあもちろん、「私は12ステップをやった」という言葉が、過去の経験のみを示すとは限らないし、文脈次第だと思うので、あまり過敏に反応しても仕方ないのですが・・・。ともあれ、12ステップというのは「やった」という過去になるべきものではなくて、ずっと続けていくものだってことは忘れずに伝えておかなくちゃならないことです。
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テーマ : メンタルヘルス・心理学
ジャンル : 心と身体

プロフィール

ひいらぎ

Author:ひいらぎ
飲まないアルコール中毒者の、ドライドランクな日常。
AAメンバーとして、ネット上でアディクション関係の情報をすこし発信。

本サイトは「心の家路」。

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